Tokino工房ーただの落書き

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2008/05/16(金)

・なんでも一心不乱にのめり込まないと、こうあっちこっちと中途半端にやっていたのでは、上達もへちまもあったものではない。だからといって、著しい好奇心が著しい発展を見せるのは、人間限られたシーズンにすぎないのさ。けっ、酒だ酒だ。
「おっかさん、こんなところにヘチマが植えてあるよ」
「ああ、さっき姉さんがね、ヘチマでなにかこさえていったよ」
「おっかさんの牛乳はまだ来ていないのだろうか」
「まだだったろうかねえ」
「僕、今から行って取ってきよう」
「ジョバンニ、私はまだ食べたくないんだから、お前先にお上がり」
「そう、じゃ僕へちま食べよう」
・・・なんのこっちゃ

2008/05/09(金)

・数日ネットから離れますので、更新もヘチマもありませんです。

2008/05/08(木)

[名無しの作家の落書きと伝う]
・怠惰の時が移ろう。それが悲しくて、また落書きをする。堆積した言葉の羅列が溢れ出し、密度を薄めて堕落するものならば、そして沈黙が選ばれた言葉を遙かに高めてくれるものならば、累積した書き込みをすべて消し去って、想いをためるべきだろうか。軽操(けいそう)にこぼれ出た落書きに、きらめく金剛石の価値はない。けれどもし、僕たちの小さな幸せが、瞬く星々の輝きにではなく、打ち寄せる波を漂う砂の中に、幾つも幾つも埋もれていて、石ころにもなれないほどの沢山の粒の中から、喜びの価値を見つけることが出来るのならば。きっと、すべての言葉の羅列には、生きた意味が込められている。そう信じて、そう信じるから、夜明けの怠惰の時間さえも、言葉に変えようとする。変わらない毎日を留めようとして、時の流れを留めようとして、ペンを走らせる。そうして、これが精一杯の今の気持ちで、他には何もない。お休みなさい皆さん。ほんの少し時が過ぎれば、書くべき言葉は失われ、二度と還ってはこないけれど、だからこそ今ひたすらに、想い記(しる)して歩いていこう。

2008/05/07(水)

・古事記異伝。アメノオシホミミの降臨の際にアマテラス大御神と共に中心的役割を果たすのは、タカミムスヒの神ではなく、子産みを終えて天つ国に上ったイザナキの神であった。彼はアマテラスの父として、アメノオシホミミの命の祖父として厳しくオシホミミの命を教育していたのである。天つ神の降臨が迫ると、オホクニヌシは自らの祖先であり妻の父親でもあるスサノヲの命に援軍を養成し、これがもとで中つ国を巡る、天つ国と黄泉つ国の間に、騒乱が勃発。アマデラスとスサノヲが指揮して戦となるが、ついに天つ国のイザナキと、黄泉のイザナミが共に最前にたち、久しぶりの邂逅と和解を果たす。

2008/05/06(火)

・日本男児たるものマヨネーズ作るべしと志すこと三日、かなりまともな味が出せるようになってきた。といいながら、作ったのはたった三回なのですが、一回目は手順を無視したら、この世のものとは思われぬ謎の液体が出来上がって、もう二度とやらんと泣き出すほどの失敗でした。二度目は酢が多すぎて酸っぱさだけの物体となってしまい、三度目にしてようやく成功したわけですが、三度目の正直とは、なかなか的を得た言葉であるとしみじみ思った次第。さらに一歩進めて、市販品と戦えるマヨネーズを模索中なり。いったい君の目標はいずこにあるのか?白身にないことだけは確実である。

2008/05/03(土)

・三四郎はここ数日は妙に詩を書きたくなる。ただし書きたくなるだけで、書いてみないから、結局はコンテンツにならない。思うことを全部言葉にしてみたら、すぐれた詩が書けそうな気がする。なんでも書いてみないから分からないが、ペンさえ走り出せば大いなる暗闇の作者として、世間で評判を取れそうな気がする。そうして雑誌に批評が出る。同級生の目の色が変わる。先生が声をかける、出版社から連絡が入る。というようなことをだらしなく考えているうちに、三四郎は眠くなって寝てしまった。
[忘れた頃に三分間駄文コーナー]

2008/04/30(月)

・朗読、あまり変わらない気がしてきた。高度成長期を過ぎたら、経済も人間も発展に限界が。あう。

2008/04/25(金)

・夏目漱石「三四郎」の朗読。自分で聞くに堪えないので、意を決してもう一週することにします。気の済むまでぐるぐるまわったらええねん。そうそう、島らっきょうの天ぷら、非常に美味しかった。若い内に出荷する早取りらっきょう「エシャレット」でも、同じような味が出せるか、今度はそちらをリサーチ中。完全に食い物に気を奪われてます。

2008/04/21(月)

・スーパーの沖縄フェアで島らっきょうとナーベーラー(へちま)を買ってきた。ナーベーラーは味噌炒め煮(ナーベーラーンブシー)にして、島らっきょうは塩だけ付けて、また味噌だけ付けて、泡盛と共に食したが、これが非常にうまかった。洗って、根の部分を切って、薄皮を剥いて、塩をふるだけでOKで、塩漬けにするには塩をふって押しをして冷蔵庫で翌日まで置いておくのだそうだ。この場合、鰹節をふりかけると美味しいという。また鰹節と醤油でもいけるという。一方ですぐに食べても、新鮮さと独特な苦辛さが酒のつまみにぴったりだ。明日は、これで天ぷらを作ってみようと考えつつ、夜中にまた泡盛を飲んで、今日はもう寝るのです。

2008/04/17(木)

何故か脱線して作ってしまう
[即席短歌]
「霧雨のしたたる夕べに待つ恋は
包み込むよう寂しさだけを」
「町明かり夜汽車の軋む響きさえ
いのちみたいに想われるかも」
それより、
以前の即席短歌をコンテンツ化しないと、どんどん増加するばかりです。

2008/04/16(水)

・作業中の覚え書き。夜明けの酒飲み前にドレッシングを作っているお馬鹿ものにて、花粉症の薬を飲みながら飲酒をしている愚か者である所の私の記す覚え書き。
[和風ドレッシング、塩分控えめ]
醤油:酢:鰹だし汁:味醂:油=1:1:1:1/2:1/2
[ノンオイル、和風甘め]
醤油:味醂:酢:鰹だし汁=1:1:1/2:1/2

2008/04/09(水)

・サイトをリニューアルしたついでに、ファイルとフォルダ構成の変更も大分兼ねたので、サイト内検索がしづらい状況がしばらく続きそうです。音楽史には外部からのリンクも一部あるので、現状ファイルもしばらく残しておこうと考えていますが、「自作の詩」の工事が終わったら、変更を加えようかと考えています。何しろ面倒でもまとめてやってしまわないと、次のコンテンツを作りにくいものだから。そういえば、忘れそうなので書いておくと、以前のサイトの落書きも部分的に救出しないと。即席短歌とか、いろいろあったはずだ。

2008/04/08(火)

・[覚え書き]
Atok使用中に[Shift]+[Ctrl]を押すと入れ替わってしまうお邪魔なMS-IMEを消す方法。
→コントロールパネル
→地域と言語のオプション
→テキスト サービスと入力言語
→詳細
→削除

2008/04/01(火)

・上質の角砂糖を溶かしたカップから湯気が立ち上るように、風を受けた海鳥が大地を抜けて大空を駆けるように、言葉と音楽だけが私たちの心を高く高く舞い上げる。一杯のコーヒーが日々の生活を潤すように、一杯のワインが今日のエピローグを飾るように、いのちの歓びには歌と旋律が、たまらなく必要なのだと信じよう。張りのないリズムと陳腐な言葉が溢れ、毎日が怠惰に流されていく。豊かな響きで心震わせ、豊かなリズムで言葉を奏でよう。たとえどんなにしわ枯れた声でも、だから声高らかに歌い続けよう。いつか時が終わりを求めるその時まで。

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