募(つの)れる恋心

[Topへ] [frameTopへ]

募(つの)れる恋心

・あの人はもう何年も前に私のもとを羽ばたいて何の愁いもなく飛んでいってしまった。ある日偶然心が生まれ変わったみたいに、さようならと屈託もなく、軽やかな朝の挨拶をするみたいに、僕の腕をすり抜けて旅立ってしまった。昨日まで抱(いだ)き合った温もりが、二度と戻らぬ悲しみ、募る思いがいつまでも、私を虜にして離れない。だってあなたはこの世でただ一人、私を知ろうとしてくれた人だったのに。私はこの世でただ一人、あなただけを知ろうとしていたのに。あなたが私のもとから軽やかに、羽ばたき消えてしまったのは何故なのか、いまでも一人胸に手を当てて、私はあの日にとどまったままなのです。僕はあなたが、ただあなたのことだけが、たまらなく好きだったのです。

長歌

語らいの友は消え去り
真実のこころ伝える
人影もこのふところに
鳥さえも居(お)らぬ夕暮れ

偽りの友を恐れて
大切なこころ隠して
何ものもこのふところに
宿るもの知らぬ夕暮れ

夕はふる紅(くれない)の空
雲を染め野原を染めて
我がこころ寂しく照らす
たそがれのはかなき夢を

胸に秘め語らいもせず
朽ち果てるその悲しみの
たまらなく胸をつらぬく
このいのち消え入るまえに

震えつつ想いのかけら
隠さずにこころの丈を
瞳閉じ声を潜めて
繰り返す風のまにまに

しかれども願い虚しく
覗き見るおかしき声を
楽しめる獲物捕らえて
群(むら)がりし野犬(やけん)みたいに

ひとことに胸をつらぬく
あざけりの笑みで満たして
身内さえこのふところを
突き刺して逃れる宵よ

血はあふれ涙まかせに
汚(けが)されたこころが疼(うず)く
いのちさえ支えきれずに
この原に崩れ込むのか

声はなちたそがれの原
掻き分けて歩みは鈍く
傷口は熱くただれて
憎しみの疼(うず)くみたいに

足音に鼓動かさねて
留まれば途切れし胸の
埋葬のすがた寂しく
怖ろしく歩み重ねし

悲しみの極みの想い
立ち昇る影をうつして
ふらついた僕をめがけて
愛らしい小鳥が一羽

舞い降りて優しい声で
問いかける僕の名前を
うれしくて歩み忘れて
君のそば語り続けた

どんなにも憎しみ込めて
世の中をののしり尽くし
ぶざまにも負けつ疲れた
このすがた君はみとめし

柔らかな乙女のすがた
握り絞めわたしの腕を
あたたかく寄り添う肩を
そっといま抱(いだ)きかえすよ

夜風の優しくそよぐ
草原は月の灯りに
青白く照らし出された
君の肌透けて見えるよ

暖かな言葉かわして
僕たちはひとつになろう
胸のうちすべてゆだねて
安らかに心溶け合う

膨らんだ若やる胸を
近寄せて僕のくちびる
重ね合う熱き想いと
涙色肌は触れ合う

穏やかな歓びあふれ
なみださえ止まらないのは
求め合う互いの瞳
眺めゆく永久(とわ)の月夜に

頬伝うなみだ拭(ぬぐ)わせ
口寄せて君はささやく
大丈夫いつも近くで
見つめてる空の上から

驚いて見上げる君の
かなたには星が白(しら)めく
とこしえの夢を奪って
山のふち哀しく染まる

朝露は降り注ぐよう
さわやかな風にあおられ
仄かにも色を戻した
君の肌僕を離れる

すり抜けて羽ばたく君の
温もりははるかかなたに
愁いなく笑うみたいに
響くかな鳥のさえずり

あんなにも軽やかな空
滲ませて手を振る先へ
最愛のあなた遠くて
もう僕の声も届かぬ

うつろにも眺める雲の
鳥たちは楽しく笑う
なぜあなた僕を逃(のが)れて
羽ばたくか分からないまま
募(つの)れる恋心

反歌

夢に抱くあなたの肩の余韻さえ
ただ恋心つのる夜明けよ

あなたさえ幸せでしたらよいだろと
祈る心に寂しさ揺れる

抱(いだ)き合うこころ一つに束ねても
なお結び目の解(と)ける夜明けに

2008/7/16

[上層へ] [Topへ]