席を立つ最後のひとの足音に
はっとして心震えて立ち止まる
せりふさえ忘れてまるで唖鳥の
波ぎわをさ迷うように舞台袖
溢れ出す涙こらえて逃げ込めば
誰ひとり仲間のいないことを知る
つま先のもつれるようにふらふらと
舞い戻るわたしの顔は真っ青な
廃人の姿となって踊るだろう
恐ろしく、立ち止まるのが恐ろしく
せりふさえしどろもどろに踊るだろう
声はすれ袖に届かず涙さえ
凍てついた枯葉のように干からびる
かさかさと演じ続ける足音の
息の根をあざ笑うため止めようと
指先で小さなレバー引き下ろし
こっそりと立ち去るものの影がある
悲しみを仄かに照らす明かりさえ
残酷の暗闇のなか呑まれゆく
気のふれる悲鳴の音も喉からは
真っ青のこの喉からは出なかった
次の朝彼は舞台で息絶えた
開かれた瞳の奥のおののきは
人の世の恐れの極み垣間見て
魂が凍てついたまま死んだのだ
つえたいさいごのひとがきえたなら
ひとのいのちはつきるでしょうか
誰ひとり友を持たぬ彼にとって、人の世は陽の下に居ても真っ暗だったと、私は昔涙ながらに伝えられたことがある。私もまた、彼を惧れて離れた一人である。彼の苦しみが分かるからとて、私がその生贄に、犠牲となるのはごめんだ。私には私の幸せを願う権利があるからである。そしてもう、彼と話すことは出来なくなった。ただそれだけのことである。だが照明を消したのは、それは決して私では無いと、私自身は信じている。謝りたいとは思わない。愛のない同情は、対等の人間にとって、卑劣な行為ではなかろうか。だからただ、悲しみも記さんとして記すのである。
2008/6/13