幻想交響曲

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幻想交響曲

原作、エクトール・ベルリオーズ

初めて僕を理解してくれる人
親愛なる彼女をひと目見てから
野原に逃れても街の中でも
彼女の姿が頭の中をよぎり
僕のこころを騒がせるのだった
そうして僕はこの小さな部屋で
憧れの優しいくちびるを想い
一夜だけでも抱(いだ)き寄せたいと
妄想の広がるのに身をゆだねて
彼女の姿をもてあそんでいた
僕は苦しい胸を押さえながら
二人で互いの愛をささやきあう
幸せの甘い誘惑が遠くから
僕の不幸をそっと流し去るように
初めての幸せの予感を感じて
この幻想を夢から解き放とうと
孤独の歓喜に酔いしれていた

あの人だけは震える魂を
きっと理解してくれると
僕は突差に溢れる想いを
この命を救い出して欲しいと
真っ暗な部屋に語りかけた
彼女は優しく僕の肩を
抱き締めてあたためる
胸の柔らかさが愛おしく
彼女はその瞳を輝かせ
天使みたいな顔をして
優しくほほえんだ
僕はその場に倒れ込んだ
真っ赤な顔をして床に転がってみれば
夢はいつもと同じ呪いに閉ざされていた

壊れかけの思想が軋むような発作
眠れない夜に繰り返されるならば
夢は現実と混じり合って灰色の
固着した風景を生み出すだろう
狂気の国の無形の者どもの歌声が
幻聴みたいに狂乱の馬鹿騒ぎを繰り広げ
床下から生えだした沢山の腕がまさぐりだし
自分の心臓を掴んで玩ぶような異様な触覚
あまりのおぞましさに声は干上がり
墓場に取り残されたようにもがき苦しむ

必死に悪魔の腕を振りほどいて両足を
もつれるように草原に落ち延びる時
角笛は戯れるように羊飼いの合図を響かせて
奇妙な墓地の幻想を忘れた穏やかさが
一斉に放牧の歌を奏でるのだった
僕は両手と両足を四方に投げ出して
逆さになって夕暮れの空を見つめている
羊飼いが彼女への想いを角笛で告げると
周囲の花たちがやさしく慰めてくれた
僕は恋の成就をこころに願いながら
不意に聞こえる遠雷の轟きを
懸想曲の鼻歌で打ち消すのだった

やがて町明かりが哀しく並び
僕は彼女を捜して路上をさ迷った
野原に逃れても街の中でも
彼女の姿が頭の中をよぎり
僕のこころを騒がせるのだった
そして僕はあの舞踏会場で
うるわしき彼女の姿を見かけ
一夜だけでも舞踏の夢をと
こころを悟られないようにして
彼女に手を差し伸べたのだ
僕は苦しい胸を押さえながら
二人で憧れのワルツをおどる
交響楽団の甘い旋律が遠くから
二人の時間をそっと流すように
初めての幸せにおののきながら
この瞬間が固着すればいいと
甘い歓喜に酔いしれていた

この人だけは震える魂を
きっと理解してくれると
僕は突差に溢れる想いを
この命を救い出して欲しいと
その腕を強く握りしめた
彼女は怯えるようにその腕を
振りほどいて走り逃げる
遠くで別の男にしがみつき
僕の方を指差して怖ろしい
魔女のような顔をして
にやりと笑っていた
僕はその場を走り逃れる
真っ青な顔して部屋に転がり込み
隠してある薬を飲み干した

崩れかけの精神がひび割れるような発作
眠れない夜に繰り返されるならば
希望は絶望に侵されてどす黒い
まといつく霧を生み出すだろう
こころを食らいつくす鬼どもの笑い声が
幻視となって狂乱のカーニバルを繰り広げ
天上から滴り落ちた沢山の血がうごめきだし
体中をはい回って踊り狂うような異様な感覚
あまりのおぞましさに声は干上がり
金縛りに括り付けられたようにもがき苦しむ

やがて異端審問官の黒装束が両肩を
引きずるように魔女裁判に連行する時
大地は轟くように醜い鐘の音を響かせて
奇妙な鎌を携えた角の生えた虫どもが
一斉に鎮魂歌を合唱するのだった
僕は両手と両足を四方に括り付けられて
逆さギロチンの処刑台に括り付けられる
審問官が有罪の判決をラッパで告げると
周囲の聴衆が一斉に金切り声をあげた
僕は悪の英雄に仕立て上げられ
悪魔も人間も執行の大合唱を
行進曲のリズムで罵るのだった

彼女が僕を見下ろして笑っている
斜めに尖った怖ろしい銀色のやいばが
雲の合間から不意に差し込んだ太陽に
描き出されたスポットのようにして煌めく
僕は狂ったような叫び声を上げ
群衆は一斉に拍手喝采を送り付けた
地獄のラッパの音がけたたましく
僕を迎え入れる轟きとなって広がり
振り下ろした斧で縄を切り裂く彼女の
おぞましい瞳が僕を見て笑っていた
ギロチンが走り出して刃が光る
僕は血眼で睨み付けてその瞬間
確かに死を前にして狂人となったのだ

壊れたはずの精神が呼び戻される呪い
ギロチン台の上で繰り返されるならば
狂乱は錯乱と手を携えて醜い
悪夢となって生き続けるだろう
僕は斬られた首をつなぎ合わされて
再びギロチン台の上に括られている
首から滴り落ちたはずの血がうごめきだし
その体中をはい回って口の中から
僕の体に戻ってくる
再び彼女の手で首を切り落とされ
狂ったままで首をつなぎ合わされる
僕はいっそ殺してくれと懇願する
彼女らはそれを見て一斉に笑い出した

絶望とは刹那の恐怖ではなかった
その狂乱が未来永劫に果てしなく
執拗に繰り返され続けることを
悟りながらも死にきれない恐怖に
僕は生きたまま埋葬されるのだ
悪魔達のカーニバルに添える生贄として

2008/07/26

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