もし、毎日毎日途切れなく続く沢山の情報に嫌気が差して、それでも情報を遮断することは不安でたまらなく、楽しくもないニュースや新聞や、毎週の雑誌や、次の連載に、果てしなく苦しみ続ける生活に、悩まされているというのに、そんなに辛いなら、ああ君は、なぜそれを止めるだけのことが出来ないのだろう。そんな小さな意志さえも、私達は画一化されてシステム化された社会に取り込まれ、持てなくなってしまったのだろうか。そう思った君は、その後1ヶ月以上に渡って、同じ事を考え続け、それでもまだ新聞をめくっていた。ひらりとページが移れば、政治が醜態をさらし、会社が組み合わさっては解体し、日々の災害に事故が続いて、ほんの少しまた社会が流れているようで、そう思う自分もその中を流されているような気がして、でも飲みかけのお茶が無くなる頃には、新聞も一通り見回して、何を得たわけでもないのだけれど、ただ昨日一日を確認できたような、そんな安堵感が広がって、みんな忘れてただ窓を見上げる。そしてあなた自身は何もしていはいない。
作成時2004.9.8
2007/3/13改訂