さすが国を治める王は、感情は激しくても、豊かな理性を持ち合わせているらしい。ユーサーはすぐ冷静を取り戻し、剣を鞘に収めると、
「マーリンよ、
悪戯が過ぎるのではないか。」
とだけ問いかけた。
声の先には若い騎士が直立している。
髪は黄金色に輝き、
鼻は方角を示す槍のように高く、
人を誘い込むような茶色の瞳に、
悪戯そうな好奇心を宿している。
これもまたマーリンが変じた姿に他ならなかった。
臣下達は大いに訝(いぶか)しがった。
ある者はマーリンを幼き少年だと思い、
別の者は背の折れた爺さんだと信じ、
他の者は足もなく宙に浮くと聞かされていたからである。
つまりどんな者だか分からない、
名前だけは知っている。
遙か昔から伝承に刻まれたものがマーリンであった。
「ユーサーよ、
私に大事な相談があるそうではないか。」
と大変高慢な口の聞きよう。
これが憎きヴォーティガンの死を予告した男か。
ユーサーはしげしげと眺めた。
我が上の兄コンスタンスを殺し、
王座を奪い取ったヴォーティガンの死を。
だとするならば。
「ぜひ私の相談相手になって欲しいものだ。」
ユーサーは滞在を願い出た。
マーリンはユーサーの中の兄、
アウレリウス・アンブロシウスが毒殺された時も、
彼を葬るために壮大な石碑を築いてくれたのだ。
諸王の王となったユーサーが兄の葬儀に訪れた時は、
マーリンはいずこへか去った後だった。
悪意のある術者とは思えない。
臣下には怪しき男と危惧を抱くものもいたが、
マーリンのうわさを知る者達は、
魔術に度肝を抜かれ、
敵となるよりは、
いっそ味方であればこそと願っている様子。
そこでユーサーが皆に向かって解散を命じた。
「軍議はマーリンの進言を聞いた後、
太陽の降(くだ)り変わる時刻に再開する。」
異論のあるはずもない。
皆は一礼して退去し、
国王とマーリンと、それからウルフィアスだけが残った。
「マーリンよ、
お前のことは聞いている。
私の兄を殺し王位を奪った男、
憎きヴォーティガンがウェールズに砦を築いた時、
繰り返し崩れ落ちる城壁の呪いを解くために、
お前はヴォーティガンの前に引き出されたという。
予言に従い子供を生け贄とするために。」
すると驚いたウルフィアス、
「違います、違います。
マーリンはその時、白髪交じりの爺さんで、
術で城壁を築くために呼ばれたのです。」
と慌てて説明を加えた。
王は腑に落ちない。
「そうではない。
城壁を建てるためには、
父親もなく女より生まれた子供を殺し、
生き血を大地に捧げよとの神託を受け、
ようやくマーリンを探し出したのだ。
マーリン、
お前は夢の中で恋人の真似をするインキュバス、
夢の悪魔の子供だそうだが、まさか本当なのか。」
マーリンの返答は非常に投げやりである。
「邪悪なものに気づいたキリスト教徒の神父が、
子供が誕生するやいなや洗礼を行ない、
主の御名と十字架の力によって、
私が悪魔になるのを救ったとか。」
固くなな心を持つウルフィアスは、
考えもなく口が滑る。
「そうじゃありません。
初老の老人が、杖を突き出しよろよろ現れ、
ヴォーティガンから、
砦が崩れ完成しない理由を尋ねらたのです。
すると老人は、
『見よ砦の下を、2つの竜が互いに争うその姿を。
地底深くにひそむ赤と白の竜が争うあいだは、
砦は動じて収まらない。』
そう答えたのですよ。
それで地下への洞窟を降っていくと、
恐ろしい、
赤い竜が炎を吐き、
白い竜がそれを凍らせ、
互いに殺し合っていたのです。」
「いやいや、子供が案内したのだろう。
その子が声高らかに、
赤き竜はヴォーティガンであり、
白き竜はその敵だが、
赤き炎はついに凍りつき、
コーンウォールの猪が白き竜をも討ち果たすまでは、
島のいくさは終わらないだろうと予言したのだ。」
「だって、それじゃあ、
いつまでたっても砦が造れないではありませんか。」
「そこでだ。
白き竜の氷の爪に切り裂かれ、
傷を負った赤き竜が奈落に逃れたので、
しばらく地上の揺れが収まったのだ。
どうだ、マーリン、
少年ではないか。
少年だったはずだ。」
「いやいや、老人でしょう。」
2人揃って、マーリンの答えを待っている。
こんなたわけた情景が続いた日には、
叙事詩も英雄伝説も台無しである。
マーリンは2人を相手にせず、
「私に年齢はない。
私に誕生日はない。
私に寿命はない。
私の逸話は、人々が勝手に生み出したものだ。」
と言って切り捨てる。
ウルフィアス、それでも、
「だって、アンブロシウス王が亡くなった時、
あなたが杖に震えながら現われて、
怪しい妖術で岩を運び、
ソールズベリーの草原近くに、
不思議な石碑を立てて、
『これはストーンヘンジなるぞ、これはストーンヘンジなるぞ』
と叫んだではありませんか。
私は、あの時そこに居たのだ。」
あまり頑迷に拘(こだわ)るので、
ついにマーリンも笑みをもらし、
「先に少年の私に会い、
今また青年の私に会い、
以前には老人の私に会った。
その上で私の年齢に拘るのは、
そう、言うなれば、
千万を遙かに超えた不可思議の極みだ。」
と変な言い回しをするので、
ついには全員顔を合わせて笑い出した。
(マロリー注.残念ながら今日の私達は、このような言葉の冗談に よって共に笑い遊ぶ伝統をすっかり失ってしまいました。)
2007/04/25掲載
2007/06/09改訂