ますます募る恋の呪縛は敵の術者の呪いだろうか、焦燥のユーサーは身もだえしながらウルフィアスを待ちわびた。苦しくても竜王、情けない姿はさらせない。臣下の列席する会合で、逸る部将共が「攻め込まぬのは卑怯の極み」と口々に進言する中、「いたずらに兵を失うのは望むところではない。我に策あり」と口調だけは威厳を保ったが、実は空っぽも空っぽ、何の策もありゃしない。初めから戦のことなど考えていないのだ。
まだ若き王である。
たかが女に情けないと、
心を奮い立たせてみるが、
気が付くとまたイグレインの姿が浮かんでくる。
臣下の話は、次第次第に上の空。
仕舞いには頭の中で空想だけが羽ばたいて、
彼女の肩に手をかける頃になれば、
完全に会合から脱落してしまった。
気が付いた騎士達が、まじまじとユーサーを見詰める。
もしここで急ぎ舞い戻ったウルフィアスが、
馬を捨てて走り込んでこなかったら、
皆彼を見捨てて戦場を去り、
ペンドラゴンの称号は今日限り、
返上することになったかもしれない。
「王よ、今戻りました。」
威勢のよくマントをひるがえし、
ウルフィアスは今こそ王の前に進み出る。
その姿を見たユーサーの、慌て振りといったらなかった。
臣下達は国の大事かと訝(いぶかし)しがり、
互いの顔を見合わせたが、
問いを発する間もなく、
立ち上がったユーサーが、
ウルフィアスに問いかける。
「お前の顔を見れば分かる。よく見付けてくれた。」
友の顔には確信が宿っていた。
「いえ、このぐらいのこと、軽い仕事です」
とウルフィアス、
いくら何でも疲労困憊(ひろうこんぱい)すねた少年のように、
泣きべそかいて森を逃げたとは答えられないだろう。
王は期待が風船の張り裂けるほど膨らんで、
「どこだ、いったいどこに居るのだ。」
とほとんど叫び声になってしまった。
臣下達はウルフィアスがマーリンを捜していることは知っていたが、
まさかそれが恋のためとは夢にも思わず、
たかが術使い一人にユーサーほどのお方が、
慌てふためく姿を訝(いぶか)しがった。
そんなざわつきの中で、
ウルフィアスが落ち着いた声で高らかに、
「マーリンはここに居ます。」
と宣言したものだから、
在席するものは互いの顔を見比べ、
柱の隅を探し回り、
暗殺者を見つけ出すような疑心暗鬼に、
陣内は一時騒然となった。
「下らない冗談は止すのだ。ここに居る者の顔は全員知っている。」
ユーサーが皆を代弁して怒鳴りかかれば、
ウルフィアス、
これがあの心優しき騎士かと思われるほどの、
傍若無人な態度で、
「忠臣のことばが冗談に聞えるとは情けない。
私情に捕われたペンドラゴンなど、
もはや竜を名乗る資格はないようだ。
ティンタージェル王妃の従者にでもなるがいい。」
と暴言を吐いた。
彼の無礼の言葉には、皆も驚き顔を合わせたが、
言葉の真意を知るユーサーの怒りは尋常ではない。
噴き上がる溶岩のように、
煮えたぎった憤怒(ふんぬ)が突き上げる。
「ウルフィアス、私を侮辱するつもりか!」
ユーサーが剣を抜けば、
途端にウルフィアスが甲高い声で、
ユーサーを馬鹿にするように笑い出した。
嘲笑という言葉は、
このとき生まれた言葉かと、
信じたくなるほどの馬鹿笑いである。
ユーサーの顔は真っ赤に燃え上がり、
臣下の戒める間もなく、
ウルフィアスに斬りかかった。
あっと思った騎士達は、
王の剣がウルフィアスを切り抜く刹那に釘付けになった。
するとどうだろう、
刃で切り裂いたはずのウルフィアスは左右に分かれ、
互いに失われた半身が浮かび上がり、
やがてユーサーを囲むように、
2人のウルフィアスが楽しそうに笑っている。
「魔物だ!」
「妖術使いだ!」
臣下達は慌てて剣を抜き、
陣内は激しくざわめいた。
控える兵士達には柱に隠れるものまでいる始末。
誰かが驚きのあまり突き倒した巨大な銀の器が、
激しく床に落ちて金属太鼓のように鳴り響いた時、
ふいにはっとして全ての音が消えた。
皆の動きが止まった。
そしてその瞬間である、
背後から
「国王、今戻りました!」
と甲高い声が響き渡ったのだ。
振り向けば陣に駆け込んだ男は、
まさに戻ったばかりのウルフィアスであった。
部屋の中にはウルフィアスが3人。
その時のぽかんあんぐりとした、
気力を無くした絶句の状況たるや、
皆さんにもお目に掛けたかったぐらいである。
2007/04/21掲載
2007/06/09改訂