その途中のことである。
重い足取りに合わせきしみを上げる甲冑に、
剣も敵がいなけりゃ杖にもならん。
とぼとぼと草原に差し掛かるころには、
ウルフィアスも天に向かってわんわん泣き出したいほど
悲しくなってきた。
捜し物が見つからなかった時の幼子の心境である。
天も彼の気持ちを察したか、
ごうと云って強風が吹き抜けると、
たちまち鳥達は飛び去り、
天は暗雲を宿し、大粒の雨が落ち始めた。
ウルフィアスは慌てて馬を下り、
裾を拡げる樹木に走り込み、
ようやく安堵の溜息を付く。
ところが世の中そう甘くはない。
太い幹に手をかけた途端、
今度は暗がりに稲光がさして、
慌てて耳をふさいだ彼の体を震わせて、
巨大な雷鳴が鳴り渡った。
「光の矢に撃ち殺されるかもしれない。」
彼は落雷を恐れ、豪雨の中に戻ろうとした。
むかし婆さんから、
「光の矢は高いところを打ち抜くのじゃよ」
と教えられたからである。
ところが突然背後から笑い声が響いたものだから、
ウルフィアスは度肝を抜かれて、
危うく尻餅を付くところであった。
しかしそこは騎士、情けない姿はさらせない。
心の動揺を隠し、「誰だ!」と叫び、
思う間もなく剣を抜いて見せた。
「危ねえなおめえさん。
輝く剣を目がけて、
光の矢が飛んでくらあ。」
根元には塊が一つ、雨を避けて寝そべっている。
よく見ると人間だ。
服装は今にも崩れ落ちそうな恰好で、
みすぼらしい乞食が座り込んでいるのだった。
乞食はだるそうな顔を上げ、体を起きあがらせると、
ウルフィアスに向かって醜い声を上げた。
「おめえ、大分お偉い方のようだが、
何かお困りの様子だ。
あっしが聞いてやってもいいぜ。」
気味の悪いぬかるんだような声。
そしてなんとおぞましい姿だろう。
「えい、寄るな。
お前にくれてやる食い物など、何もないぞ。」
慌てて雨の中に戻ろうとするウルフィアス。
「おろか、おろか。
あっしは何でもしってやがるのさ。
お前さん、お偉い国王の騎士として、
魔法使いの旦那をコーンウォールじゅう探し回って、
無駄骨折って打ちひしがれて、
八つ当たりして沼に食われそうになって、
しょげて帰っていくところだろう。」
「黙れ。お前に何が分かる。」
乞食のくせに、人を馬鹿にしていやがる。
いっそ斬ってやろうかと思ったが、乞食は不気味な顔をして、
不意に、ピカッと稲光(いなびかり)ような笑い声を張り上げた。
その恐ろしいこと、恐ろしいこと。
ウルフィアスはあまりの金切り声に度肝を抜かれ、
つい「お前は、お前は誰だ!」と、
素っ頓狂なことを口走ってしまったのである。
乞食がにっと折れた歯をむき出しにするやいなや、
天空から真実の落雷が樹木めがけて打ち下ろした。
閃光と轟音に飛ばされたウルフィアス。
跳ねる鞠(まり)ように大地を転げ回り、
泥にまみれて、
もはや騎士の面子もあったものではない。
ようやく顔を上げ瞳を開いてみると、
どうも驚く、
目の前には天使のような輝かしい少年が、
きざったらしく体を傾けてポーズを取り、
にっこり微笑んでいるではないか。
「あなたは、私のことを捜していたのでしょう。」
瞳孔をくらくらさせるウルフィアスに、
優しく手を差し伸べ、
少年は小さく頭を下げた。
「私がマーリンです。どうぞよろしく。」
ウルフィアスはキョトンとして辺りを見回した。
不思議なことに野原は穏やかに晴れ上がり、
落雷の名残もなければ、
雨が降った痕跡すらない。
自分の体を触ってみたが、
髪の毛一本濡れていない。
驚きに冷や汗を流した手の平だけが、
べっとり湿っているだけだった。
「いやまさか、そんなはずは。
マーリンは白髪さえ交じった、
シワを刻み込む老人だと私は聞いていた。」
「私に年齢はありません。
私が望めば野を駆ける少年にも、
壮齢の戦士にも、
歯っかけのお爺さんにも見えるでしょう。
さあ、すこし心を落ち着けなさい。
いい年をしてだらしがない。」
少年にさとされたウルフィアス、
羞恥の場面をさらけ出した後ろめたさも手伝って、
「子供が失礼な。私は冷静沈着の騎士である。
大人をからかってはいけない。」
と立ち上げれば、
マーリンは突然しわがれた老人の声を出し、
「ワシの姿が少年に見えるからといって、
浅はかに口調を変えるのではない。
ワシはお前より遙か昔から、
この世の全てを眺めているのだ。」
と威厳をもって答えるので、
ついうっかり、
「ああすいません、
これは大変失礼しました。」
と、自分でもがっかりするぐらいの、
騎士にあるまじき、
だらしないお詫びを入れてしまった。
これはあまりにもひどい。
ようやく気が付いたウルフィアスは、
思わず自分で吹き出してしまった。
目の前の少年も笑い出した。
「ほら、小鳥が鳴いていますよ。」
黄金に輝く少年がすらりと指を伸ばす先に、
小さな鳥が鳴き声を上げる。
ウルフィアスは心穏やかになって、
羽ばたく空の彼方を見上げた。
これで国王も満足するに違いない。
そう思うと急に愉快が込み上げてくる。
不意につむじ風が吹き抜け、
少年がふっと宙に浮いたような気がした。
はっとして顔を戻すと、
少年はもう消えてなくなっていた。
空から高い笑い声が聞える。
「お前は私を国王に引き合わせたいのだろう。
よかろう。お前の願いは叶えよう。
王の元に返り、マーリンはここに居ますと進言するがいい。
私は再び姿を表わそう。」
裏の森林の方から、
肝を抜かれたウルフィアスをからかうように
小鳥達が一斉に合唱を始めた。
2007/04/18掲載
2007/06/09改訂