その日、国王自らの出陣に騎士達の士気は大いに高まった。ブラシャスの進言により、早くから国王出陣の知らせが敵陣に流され、雌雄を決する好機に反乱軍も全面決戦を決意。広大な平野に両軍が対峙(たいじ)したのである。反乱軍は恐らく、悟られるのをものともせず、一気に国王をめがけて全軍を集中して来るだろう。ユーサーさえ倒せば、国王軍の瓦解(がかい)は疑いない。これに対してユーサーは、左右に広がった味方を中央に戻さず、正面により敵軍を受け止め、中心にくびきのように雪崩れ込む敵を、左右から囲い込むようにする作戦を取った。国王をあえて危険にさらす策であるが、時々不思議な輝きを放つエクスカリバーの存在が、側近であるウルフィアスやブラシャスにさえも、あえて反論する勇気を奪い去ってしまったようだ。そのかわりブラシャスは、自分の軍を最左翼に置き、自然に囲い込む策を一歩進めて、進んで敵の側面に一点集中のくさびを打ち込む作戦を立案し、国王の了承を得た。
両翼を伸ばした両軍の睨み合いは、太陽が夜明けと正午の中間付近にまで昇った頃、反乱軍の突撃の合図によって打ち破られた。はたして反乱軍は両翼を縮めつつ急速に前進し、全体がユーサーただ一人をめがけて突進してくるようだった。反乱軍が諸王の連合であり、どの王が亡くなってもユーサーを倒すいくさが継続されるのに対して、ユーサー軍はすべての兵がユーサーを護りつつ勝利しなければならないことを考えれば、これは常道の策であり、かつ効果的なはずだ。多少の策などあっても、そのまま踏み倒してくれる。そんな勢いで敵は中央に殺到したのである。しかもユーサーは病を抱えての出陣と聞く。これほどの好機はまたとないはずであった。
まず敵の先頭を押さえたのはウルフィアスの軍である。ユーサー軍にあっても国王の側近として、王を支え続けてきたその武勇は、ペンドラゴンの軍隊にあっても1位2位を争う勇者であった。そのウルフィアスが、国王の前に城壁のごとく敵の前進を阻み、名だたるブリトンの王達を一手に引き受けて、剣を振るって盾を掲げ、槍をかわして、刺し返す様は、さながら狼の群れに襲われた気高き獅子が、自らのプライドにかけて、怯(ひる)まずに牙を研ぎ澄ますよう。そのようにウルフィアスは怒濤(どとう)の進軍をせき止めて、味方の兵を叱咤(しった)し、ついには諸王の一人を討ち取った。
しかし、いかなるウルフィアスと言えども軍神ではない。自らの肉体も精力も人間としての限界があるならば、堰(せき)をめがけて押し出してくる激流には、ついには強固な壁さえも打ち崩される。こうしてついにウルフィアスの軍が決壊するかと思われたその時、反乱軍のめざすその先から、突然激しい光の帯が天上に向けて一本立ち上った。ユーサーがエクスカリバーを高く掲げたのだ。
目映い光にあっと驚いた敵軍が一瞬怯んだ時、ユーサーは自らが先頭に立って配下を連れて突撃した。王の勇姿に鼓舞され、また王を護ろうとして、配下の騎士達は獅子奮闘、敵の進軍をさえ押し返すほどだ。しかし国王の姿を目の前にした敵の、獲物を狩るような闘争心もまた、国王軍を破壊するほどだった。つまりは双方とも稲妻のような激戦が、国王を挟んで展開されたのであった。ユーサーはいきなり最前の諸王の一人に向かって、エクスカリバーを握りしめて斬り掛かる。次の瞬間、その王の首は王を護ろうとした10人の兵士の首諸共に打ち落とされた。ユーサーにめがけてたちまち兵達が殺到する。しかし、ユーサーがエクスカリバーを振り戻すと、鋭い風が剣先のように敵兵をめがけ、すぱっと肉を切り裂いてすさまじい血液が飛び上がった。血を浴びた国王が恐ろしい形相で立っている。降りかかる火の粉を玩(もてあそ)ぶように、エクスカリバーは踊りながら、次々に兵士や騎士達をなぎ倒す。これに勇気を回復したウルフィアスの掛け声とともに、たちまち味方の兵達が殺到して大混戦になった。そしてこの時である、さっと国王の周りに飛び出したのは、まだ騎士見習いのアーサー達であったのだ。
実はアーサーと、ケイ、ガウェイン、ベイリン、ベイランの5人は、見習いの悲しさで後方に置かれていた。何とかこの戦闘で功績を挙げたいものだ。そう思って戦乱の中、国王を捜していたのである。ちょうど天上に伸びる光の筋が見えたので、大急ぎで駆けつけてきたのだった。
「誰か!」
ユーサーがまだ少年とも思える味方を訝(いぶか)しく思い、怒鳴りつけようとして顔を見れば、なんと我が息子がすさまじい形相で敵を睨み付けているではないか。たちまち敵兵どもが若き5人をあざ笑うようにして、どけとばかりに剣を振るった。しかし、まだ青年にも達して居なかったが、それは獅子の子供達であった。軍神の子供達であった。たちまちそれぞれに剣を返し、盾をかざし、槍を奪っては突き刺して、次々に屍の山を築くその姿は、真ん中に妖剣を掲げた軍神を控えて、それに付き従う5匹の軍狼(ぐんろう)のようであった。ユーサーはアーサーの剣さばきを見えて大いに喜んだ。さすが我が息子。見事な武勇ではないか。
ユーサーは彼らに向かって、
「お前達だけで我が援護を全うできるか」
と聞けば、アーサーが息を切らしながら、
「お任せ下さい」
と叫び返す。
「ではついてこい」
と国王は喝(か)っするやいなや、敵軍を指揮する諸王の一人めがけて突進した。5人の軍狼達が慌てて付き従う。やがて軍狼どもは敵の兵士をなぎ倒しながら路を開き、さらに敵王を護る兵どもを蹴散らす蹴散らす。その間に馬上の敵王と剣を交えたユーサーが、エクスカリバーを振り下ろせば、ただの一太刀で人も馬もまっぷたつになってしまった。さすがのアーサー達もこれには驚いた。これは剣の力なのか、それとも国王の武勇なのか、この時のユーサーはほとんど軍神マースの降臨した姿に見えたという。
このように敵の諸王や重臣の騎士達を狙って、5匹の狼に護られた軍神が、乱戦入り乱れた兵達の中を、まるで小舟が渡る時のように、兵共をなぎ倒しながら殺戮して移動する様は、蟻の群れに紛れ込んだカブトムシが、蟻の存在を知らずにのそのそと歩き回るよう。それほど異質な様相で、敵の指令系統がずたずたに打ち倒されていったのである。やがて国王を狙っていたはずの敵軍に変化が生じた。兵士達が恐怖を感じ始めたのである。ユーサーを討つべき筈の兵達が、ユーサーから逃れるように右往左往し始めた時、ついに敵の進軍が完全に止まってしまった。
この一刹那。機を見て策を成就することにかけては、的を外したことのないブラシャスが、敵の側面に鋭い一撃をもってくさびを打ち込んだ。敵が大いに混乱して、背後の方で「敵だ敵だ」と声がするのを、ユーサーもアーサー達も聞くことが出来た。そこでウルフィアスが再び「敵を討ち果たせ」と叫び返す頃には、両翼から回り込んだ味方が敵軍をすっぽりと取り囲む姿になってしまった。反乱軍にとっては地獄絵図のような殲滅戦(せんめつせん)が始まったのである。
こうして国王軍は勝利した。そのまま聖堂で勝利の祈りを捧げたユーサーは、祭壇の前の床を敷き詰める巨大な岩盤にエクスカリバーを振り下ろした。たちまち怪しい赤い光が放たれる。エクスカリバーの剣先は、まるでその岩をマグマのように溶かし込むように、音も立てずに岩に吸い込まれ、二三度鈍い赤い色を蛍のように瞬かせながら、光を失って床に刺し込まれた。ユーサーはマーリンに云われたとおりに、
「この剣を引き抜きし者こそ、
私の後ブリトン諸王を治める王となるであろう」
と、勝利に沸く騎士達に高らかに宣言したのである。ローマの下に長らく治まったとはいえ、ブリトン人達にはまだ部族的意識の方がはるかに強かったので、世襲という意識は十分に育っていなかった。たとえユーサーに絶対的に正統性を主張できる息子があったとしても、争いなくペンドラゴンの名を継ぐことが出来るかどうか。恐らくは反対派との間に、再び戦乱が開かれるのではないだろうか。かのフランク王国のクローヴィスでさえ、亡くなった後に一つの王国を保つことが出来なかったではないか。国王軍を勝利に導いた聖なる剣の試練は、もしそれがただ一人の男にしか抜けないとあれば、強い正統性を与えることになるだろう。騎士達は戦勝に沸き立ち、来たる日の剣(つるぎ)の試練に対しても歓声を上げているように思われた。聖堂内は歓喜に包まれたのであった。そこには特別功績があった者として、特別に参加を許されたアーサー達5人の姿もあり、彼らは肩を抱き合ってはしゃぎ回っていた。
しかし次の瞬間、すべての力をエクスカリバーに捧げたユーサーは、剣を放した途端に軍神の栄光の全てを失い、死神の降臨と共に顔色を真っ青にしてその場に倒れ込んだ。国王はすっかり体力を回復したと思いこんだ臣下達の心を、全てを氷らせるような風が吹き抜けたのである。
マーリンの調合した薬によって、しばらく余命を保ったユーサーは、まず病床から最後の娘エレインを、バン王の元に送り出した。
「私には息子がある。
渡した死んだ後、国王になる男だ。
どうかよろしく頼む。」
アーサーを後継者として指名する旨は、すでに重臣達に遺言として伝えられていた。バン王は国王にひざまずき、彼の息子に対しても、永遠の忠誠を誓ったのである。二人はほどなく帰国した。ユーサーの病状は心配だったが、バン王の不在に対してフランクの軍隊に動きがあったとの連絡があったからだ。バン王とエレインの間には、やがてラーンスロットという息子が生まれ、アーサーと大きく関わることになるだろう。
国王の使者が、王城を去ったイグレインと、アーサーの元に送られたのは、それから間もなくのことだった。複雑な思いで国王の勝利を聞いたイグレインに、ユーサーの最後が近いことが知らされる。心の中に芽生えた憎しみの炎は消せなかったが、それでも長年の情愛の全てを灰にすることは出来ず、彼女は支度を整えて王城に向かった。初めてユーサーと会った時のことが甦る。ティンタージェル城でゴーロイスに変じて、自らを拐かしたあの日のことが想い出され、イグレインはその思い出に浸ろうとした。しかしその美しいはずの記憶は、たちまち裸のまま微笑む掛けるモルガンの姿で破られた。汚らしい。あの二人が憎い。それでも、ユーサーが亡くなったら、私にはもう夫は居なくなってしまう。例え憎しみだけの夫だとしても。イグレインは複雑な葛藤を抱えたまま、それでも生きている内にユーサーに会おうと王城に急いでいた。
そして同じ頃、一人の青年の運命を変えるための使者が、エクターの家に向けて、アーサーに国王の意向を伝えるために、馬を走らせているのだった。
2007/10/28メルマガまで