アーサー王の物語り(25)

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破局(カタストロフ)

 やがてユーサーが自分の体調に異変を感じ始めた頃、モルガンはついに次の手を打った。うまく母親をユーサーの部屋に呼び出し、父親との密室の扉の鍵を、こっそり外しておいたのである。燃えさかるユーサーが本能をむき出しにモルガンに襲いかかる。その時突然扉が開き、はっとしたユーサーが硬直して見上げた瞬間。イグレインは、ユーサーが自分の娘と交わる姿をハッキリと見た。裸になったモルガンと、獣のようなユーサーの姿を。イグレインは驚愕したように後ずさりする。モルガンはユーサーに甘えたまま母を見詰めて、妖艶の笑みを浮かべた。ほとんど悪魔じみている。我が父ゴーロイスを棄て、この男になびいた報いを受けるがいい。モルガンはそう思ったつもりだが、顕在化しない胸の奥で、自分の母に勝ってユーサーを手に入れた歓びが、湧き起こっているのには気が付かなかった。
 イグレインは声も上げなかった。よろめくように扉から後ずさりしながら、自分の鼓動が冷たい血液を体中に送り、手足が痺れるのを感じた。かつて我を奪い去ったのは、それが私だったから。この私だけを愛する一途さに、戸惑いわだかまる心を愛情に変え、彼に心をたずさえて従ってきた。それが、他の女でもよかったのだ。ただ本能に任せて、女をあさっているだけだった。部屋に帰ったイグレインを、恐ろしい嫉妬と怒りが襲った。自らの娘をむさぼるあの男に対する、全ての愛情が憎しみに代わり、またその心の奥底には、自らの娘に対する激しい嫉妬が、具現化されない溶岩となって、熱くうごめいていたに違いない。次の朝イグレインは王宮を後にし、以後ユーサーが死ぬ直前まで、国王の前には姿を現さなかった。そしてその日、ユーサーは初めての発作を起こして、目眩を起こして王座の前に倒れ込んだのであった。この時、居並ぶ重臣達の動揺といったら、ただごとではなかった。


 数日後ようやく目を覚ますしたユーサーだったが、今となってはただモルガンが恐ろしい。ユーサーは口実を作って、慌てて彼女を遠ざけようとした。すなわち反旗を翻すおそれのある強大なユーリエンス王のもとに、彼女を嫁がせる話を取りまとめたのである。モルガンは素直に応じた。すでにユーサーには十分な薬も与え、母親に対する復讐もすんだ。まさか自分の母親を殺すつもりはない。死ぬのはこいつ。かわいいこいつ。モルガンは城を出る一週間前、再びユーサー王の寝室に現れて、抱かれる腕の中で、そんなことを考えながら甘えていた。この男は完全に私のもの。体調に異変があって、それでも私を求めて、自らの寿命を縮めている。かわいいわ、かわいい私のペット。そしてモルガンはその日、最後の薬をアーサーに与えたのだが、それは自らの口からユーサーに口移すという、常軌を逸した遣り方によってであった。彼女はまた考えた。これでもうユーサーも終わり。ここに残る理由もない。ユーリエンス王がペットに相応しければ可愛がってやるし、そうでなければ、そう、どうとでも出来る。次の標的は、憎い息子のアーサーとかいう若者か、それともマーリンとかいう妖術使いか。そんなことを取りとめもなく考えながら、彼女の胸は激しく高鳴るのであった。
 モルガンが城を去ると、ユーサーは糸が切れたように、ベットに寝込んでしまった。沢山の医者が動員され、占い師やキリスト教の司祭が訪れたが、どうしても回復する気配がない。そしてこの噂が、ブリトン人達に広まった時、ついにユーサーに反旗を翻すブリトンの王達が、一斉に反乱を企てたのであった。

マーリン再び

 この戦においてアーサー達騎士見習いは初めて参戦することが認められた。正確には少しでも戦闘員の確保が優先されたのだったが、これを聞いた時のアーサー達の学校での会話などは何時か記すこともあるだろう。


 病のウーサーが戦場に立たないこともあって、モルゴースの嫁いだロット王と、モルガンの嫁いだユーリエンス王の軍が味方に回らなかったら、国王軍が破れていただろうと言われるほど反乱軍の勢力は強大だった。[この反乱勢力について、またアーサー達の活躍などについての詳細はここでは割愛させて貰おう。]
 劣勢に立たされたユーサーは、ブラシャスの助言により、海を渡った大陸に領土を持つブリトン人の王、バン王とその弟ボールスに援軍を要請した。使者は勝利の暁にはユーサー王の娘エレイン(エレーン)をバン王に嫁がせたいとの交渉を行った。国王の娘という切り札はさすがに大きく、バン王は領土を弟のボールスに任せると、自ら騎士達を引き連れて、海を渡った。フランク王国ではすでにクローヴィスなく、その領土は息子達によって分割統治されていた。彼らが互いに内部抗争を繰り広げている今なら、さしあたっての脅威はなさそうだ。そう踏んでの出兵だった。
 バン王の活躍もあって、王城すら危ういと思われた戦線は再び押し戻され、一進一退の攻防が続いた。騎士見習いの中にアーサー達5人のみなぎる活躍が伝わった時、父親であるユーサーは内心大いに喝采を送ったが、もちろん大局を変えるはずもなく、こうなると常に侵略を試みるサクソン人達に付け入る隙を与えることが恐ろしい。ブリトン人達が互いに争うなど願ってもいない好機ではないか。


 しかしユーサーの体調は相変わらず優れず、戦場には立たず王座の上から指揮を執り続けていた。そこに王に会いたいという者がいるとの連絡が入った。ユーサーは男か女かも聞く前から、もしや妻が戻ってくれたのかと早合点して心躍らせたが、違っていた。それはあの懐かしいマーリンだったのである。青年の騎士の恰好をしていたが、ユーサーにはすぐに分かった。ひと目その青年を見るなり、ユーサーの瞳は勝利の神を得たかのように輝き、病がたちどころに癒えたかと思わせる程だったという。ユーサーはさっそく、彼にいくさを勝せて欲しいと願い出た。
「ユーサーよ。地上の争いは私の知るところではない。だが私はかつてお前から一人の子供を預かった。アーサーという名前の子だ。お前とイグレインの子だ。彼はこの国を治める定めを受け、私に預けられた。お前はそれを覚えているか。」
「もちろんだ。アーサーは私のただ一人の息子だ。私が亡くなった後には、アーサーこそが後継者だ。」
「よろしい。ユーサーよ。私がこうして現れたのはほかでもない。お前は私の与えた愛の結晶を守り通さなかった。その結晶を近親の愛欲で汚した。だからお前はまもなく命を失う。私はそのことを告げるために、ここにやってきたのだ。」
 こう言われると、微かな死の予感さえ今は覚えていたユーサーでさえ顔が真っ青になった。何と無礼な。臣下の騎士達が怒りのあまり立ち上がり、また剣に手を掛けるのを、ユーサーは静かに諭し、
「私はまもなく死ぬというのか。」
と尋ねた。黒髪の青年の姿となったマーリンの表情は、大理石のごとく動かない。
「それはお前が決めることだ。ここに絶大な精神力を糧に霊力を発揮す る聖なる剣がある。」


 マーリンが自らの鞘から滑らかに引き抜いた剣先は、小さな太陽が鋼に宿り光放つように照り輝き、あまりのまぶしさにユーサーも臣下達も、一瞬目を細めるほどだった。マーリンが軽く剣を振るうと、たちまちすさまじいつむじ風が暴れ、打たれた臣下達は叫び声を上げて顔をしかめた。マーリンの横に控えていた兵士などは、風に吹き飛ばされて床を転げる始末だった。人々の間から、驚きの声が上がる。マーリンはその輝く剣を掲(かか)げ、ユーサーの前に差し出した。まるで儀式でも遂行しているように見える。
「この剣を振るいお前が自ら先頭に立って戦場を駆ける時、勝利の女神はお前を賛えるだろう。さもなくば、こう着状態は決して崩されないだろう。しかしその病弱の肉体でこの剣を振るえば、必ずお前の精神は衰弱し、肉体共々に朽ち果てるだろう。どちらを選ぶかはお前自身が決めることだ。」
 ユーサーは鼓動のように輝き自らを虜にするその剣を見詰めて、しばらく黙っていた。その輝きは、まるで自分の心臓に逢わせて、脈を打っているように見えた。ユーサーの胸の奥から、かつての不屈の精神が、若い頃には人一倍強かったはずの正義が引き出されるのを感じた。
「私はブリトン人の王だ、国王として生き、国王として死ぬのだ。マーリンよこの剣の名を教えよ。」
「エクスカリバー。」


 ユーサーはマーリンの差し出したエクスカリバーを握りしめた。その瞬間、激しい身震いとともに、恐ろしいほどの勇気が、激しい情熱が、何物にも怯まない不屈の闘志が、体中に湧き起こるのを知った。王の表情に赤みが差し、病はその場で癒えてしまったような錯覚に捕らわれた。
「エクスカリバーにかけて誓う。これより私は自ら出陣し、先頭に立って敵を討ち滅ぼす。」
その叫びに呼応するように光放つエクスカリバーの目映い輝きに、押された臣下達が歓喜の叫びで呼応し、王城を後にする国王にしたがったのである。近隣に控えていたウルフィアスでさえも、この国王の意志を止めることは出来なかった。彼もまた、国王には国王らしく生きて欲しかったからである。

2007/10/01メルマガまで

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