アーサー王の物語り(24)

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覚醒(かくせい)

(前に挿入→2人の別れの前に、やはりモルゴースが好きだったガウェインあたりとアーサーの間で「しょうもな学生物語り」が勃発するとか)

 その夜、騎士予備学校の5人組みはひどく荒れた。我々のマドンナたるモルゴースを政権の道具にするなんて、許せないとベイランが叫べば、ケイがそうだそうだとカップをからにする。5人ともそれぞれ不愉快で、半分は一人でいたいような心境だったが、もう半分は王女と共に町を歩いた同士で、固まりあっていたいような気持ちもして、勝手に持ち出したワインとカップによって、たいして飲めもしない酒を飲み回して、誰もいない平野の真ん中で、半分に欠けた月を見上げていたのである。

その内、気障で皮肉屋のベイリンが、
「よりによってガウェインの親父のベットの中か。
義理の母親だってさ。羨ましいものだ。」
と言ったものだから、自分の親父に対し葛藤するまとまらない気持ちが、不意に激昂する弾丸のように飛び上がり、ガウェインはなんだか分からない、激しい怒りに襲われて、
「なんだとベイリン!」
と叫ぶと、いきなり殴りかかった。殴られたベイリンは、黙って一発返せば、ガウェインはそのままベイリンに体当たりして、2人共に草原に倒れ込みながら、殴り合いを始めたのである。
「いい加減にしろ」
2人を止めに入ったケイだったが、流れ玉のように肘を顔に当てられると、やはり苛々する気持ちを抑えきれなくなって、この乱闘に加わった。やりきれない思いで酒を飲んでいたベイランも、これを見てケイの横っ面を思いっきり殴りつけ、ケイは殴られ様にベイランの脇腹にケリを打ち込んだ。一言も口を利かずに、ぼんやり遠くを見詰めていたアーサーも、押さえきれない感情を殴り合いで納めようとして、これに加われば、もう誰も彼もお構いなしの乱闘を、5人の体が動かなくなるまで続け、ほとんど同時に草むらに倒れ込んだのである。仰向けになって、剣で割れたような月を眺めれば、ちょうど月を浮かべて流れるように、豊かな天の川が、水平線の方に向かって流れていた。
「権力が欲しい」
アーサーは、ただそう言った。そうしてもうその後は、誰も声を継ぐ者はなく、激しく痛む体を草むらに預けて、いつまでも空を見上げていたのである。雲一つ無い大空は、満天の星々で覆われ、まるで本当に天の川が流れているように、ゆっくりゆっくり天球が回っていくだけであった。


 その頃、王宮ではもっと恐ろしい事態が、密かに進行していたのである。送り出しの馬車の中で、モルガン・ル・フェは確かにアーサーを見た。馬車の揺れる音と兵士達の騒々しい騒ぎに顔を向けたモルガンは、走り寄るアーサーの姿を見たのである。激しい頭痛に襲われて、それでも姉の見送りだけは何とか済ませた。しかし王宮に帰り、倒れ込むようにベットに潜り込むと、その夜、彼女は一晩中夢と現の間をさ迷い、夢の女王マブと出会った。
「おめでとう。ついにお前の願いを叶える時が来たよ。」
彼女は手に持った不思議なグラスをモルガンに差し出すと、透明なガラスを打ち合わせて、乾杯をした。モルガンはそれを与えられるままに飲み干す。
「私の力が欲しくなったら、夢の中で願い出ればいい。
私はいつでもお前の味方だからね。」
楽しげに、されど不気味な嘲笑を含んだ笑顔で、からからと笑うと、頷くモルガンの前から、マブ女王は去っていったのである。

 翌日、彼女は夢の中のことを忘れなかった。今までのすべての夢の記憶が呼び起こされ、彼女の記憶が一つになったのである。あまり急激な心の変化に、肉体が対応できず、顔が怪しく崩れかけて見えたが、それもしばらくの間、彼女の心が落ち着くのに合わせて、表面上はいつもと変わらない、美しい少女へと戻っていった。
 しかし心の中には、激しい憎しみが、自ら統しきれない憎悪が、マグマのように燃え上がっていた。ともかくユーサーが憎い。自らの父を手に掛け、母を奪ったあの男が。そしてマブの告げるところ、父の生前よりユーサーに思いを抱いたという母も憎い。そして、二人の子供、あの生意気そうなアーサーの姿。モルガンはさらにマブから、父の殺害とアーサーの誕生に関わっていた黒幕、マーリンという男の話を聞かされていた。そのすべてが私の敵。まずは直接父を殺したユーサーの命を奪うために、自分がこれまで培った能力を解放するするのだ。この時モルガンの顔に、人狩りを楽しむ魔物のような笑顔が、一瞬浮かんで、見詰める鏡の中に消えていった。

愛のかたち

 モルガンは初めての術を、身の回りの世話をする女中に掛けてみた。彼女ほどのまやかしの巧みでも、その第一歩は指先が震えたという。世界各国の魔女見習いの諸君も、このことを励みに精進して欲しい。しかしさすがマブが目を掛けただけはある。ただ一度で服装を整える女中を眠らせてしまったのは、まさに彼女の特質すべき点で、おおよそモルガンは、まやかしに関しては習得のために失敗を繰り返すことは無かった。まるで生まれた時から使えるように、望みの術が風の流れのように自然に成就されるのであった。しばらくはその女中を使って、様々な技を試みていたモルガンだったが、ついに彼女の心を奪うことに成功すると、自らの術に自信を深め、いよいよ行動に移ったのである。その行動が復讐であったのか、それとも愛情の歪んだ表出だったのかは、今日になっても分からない。

 ユーサーが一人で就寝を待つある日、こんこんとドアを叩く音がした。誰だと尋ねると娘のモルガンである。中に入った彼女は、「暖かい飲み物を持って来ました」といって、手に持ったカップをユーサーに手渡しながら、「実は、お父様に相談が会って来たの」と甘ったれた声を出した。ユーサーが「これはありがとう。何の相談かな」と尋ねると、実は好きな人が居るのだという。ユーサーは一口含んだカップにむせ込みながら、「これは大分酒が入っているね」とモルガンを見詰める。モルガンは心の中で、「他のものも入っているのよ」と呟いたが、口では「でも美味しいでしょう。お母さまから作り方を教わったの」と言った。
「そうかな。こんな味は初めてだが。随分甘いんだね。」
「でも酸味もきいているのよ。」
「うん。なかなか旨い。それでモルガン、恋の悩みと言ったね。」
とユーサーは優しく尋ねた。
「私、実は好きな人が出来てしまったのです。」
と訴えるように父親を見詰める瞳には、心なしか吸い込まれるような潤んだ涙が溜まっているように見える。乙女の煩(わずら)いか、困ったものだ。ユーサーは内心微笑みながら、「それはいったい誰だい」と質問を続けた。カップからは柑橘系の湯気が立ち上る。その甘い香りを楽しんで、3口目を飲み込んだ時、ユーサーは意識が揺らめくような目眩をちょっと感じた。しかし娘に気を取られていた彼は、最後にはカップを飲み干して、「怒らないから、誰だか言ってごらん」と優しく娘に声を掛けた。このような穏やかな会話の中に、復讐と狂気の稲妻が宿るとは、誰が想像しようか。

 モルガンは煌々と灯る部屋の灯火の幾つかを消して、少し暗く揺らめいた部屋の中で、ユーサーの前に立つ。娘は何を始めるつもりか、ユーサーの心の中に小さな不安が灯る。彼女は「怒らないで下さい」と念を押した。眼には涙が一杯に溜まっている。ユーサーは自分の娘が、美しい少女から大人に変わりかけの女らしさを放つのを見て、はっとして怪しい想いに捕らわれた。驚いて振り払うように、「もちろん怒ったりはしない」と語調を強くする。先ほどのカップの中に、モルガンが調合した淫薬が入っていたことを、ユーサーは知るよしもない。モルガンはいきなり自分の服を脱ぎ始めた。そのつもりで薄く着てきたドレスは、するりと肩から流れ落ちる。怪しい瞳でユーサーの方をじっと見詰めたまま、くびれた曲線を揺れる灯火が強調する。ユーサーは驚いて、「何をするのだ」と娘を止めようとしたが、慌てて近寄って上半身が露わとなった娘の手に触れた時、彼女はいきなりユーサーに抱きついたのである。「お父様、お父様、私、私が好きなのは」といって、恐ろしいほどの力でユーサーの胸にしがみつく。10代半ばの柔らかい男を知らない肢体(したい)が肌に触れ、甘い香りが髪の毛から立ち上る。ユーサーは必死に肩を掴んで彼女を遠ざけようとしたが、母親に似た美しいモルガン、イグレインを初めて抱いた時のあの感覚が呼び起こされ、彼は半分はしがみつく娘に任せるように、仮初(かりそ)めの抵抗をしているだけのように思われた。でなければどうしてユーサーほどの騎士が、モルガンを引き離すことが出来ないものか。そして耳元で「お父様」と求める彼女の声を聞いた時、ユーサーの男は押さえることが出来なくなった。一度走り出したら、男の情熱は成就するまで止まらないものである。その日モルガンとユーサーは、初めて抱き合ったのであった。

 はたしてモルガンの心の底にあったのは、真の復讐心なのか、それとも顕在化しない魂の欲求なのか。かつてイグレインがユーサーを求めたように、同じ男を求めただけだったのか。その絡み合うような複雑な精神状態は、さすがの夢の女王マブを持ってしても、ただ不可解という結論しか出せなかった。これを錯綜していると取ることも出来る。しかし私はむしろ、モルガンは非情に魅力的な魔女なのだと解釈しておきたい。


 一度モルガンを手に染めたユーサーは、罪を犯した共犯の意識も手伝って、そしてその未熟で柔らかく、そのくせ妖艶な不思議な彼女の魅力に取り憑かれて、その後も度々密かに夜を共にしたのである。その度にモルガンは例の酒の入ったホットドリンクを持って、静かに扉を叩くのだった。不思議なことに彼女が父親の部屋に度々入る姿は、決して誰からも知られることがなかった。彼女にはそうすることが出来たのである。
 彼女はもう淫薬をカップに入れる必要はなかった。ユーサーの心は完全に自分の術中にあった。そして彼女は少しずつ、淫薬よりももっと恐ろしい薬を調合して、その中に数滴混ぜてはユーサーに与え続けた。まるでペットに餌を与えるように。そしてベットの中では、心の底からユーサーのことを求めて抱き合った。この極限まで辿り着いた憎悪と愛情の融合を、彼女も懸命に味わっているようであった。彼女は何時もひたむきで真剣であった。これは例のマブ女王が彼女を評して言った言葉である。しかし彼女の復讐はまだ、始まったばかりだったのだ。

2007/09/06メルマガまで

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