アーサー王の物語り(22)

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ベイリンとベイラン

 ある時剣術の授業中、剣術を教えるX(後で騎士の名前が入る)が
「本日より新たに加わることになった」
と2人の騎士見習いを紹介した。皆の前に登場した2人は、驚くほどよく似ている。
「兄弟だ。名前は兄がベイリン、弟がベイランだ。」
と紹介された。島の最北部、現在のノーサンバーランドから王都に逃れてきた騎士の子供達だという。かの地は北方の民ピクト人達の住む邪悪な土地だと聞かされていたアーサー達は、このことだけでも好奇心に駆られた。だが何よりもまずその腕っ節を確かめてやらなければ。

 さっそく剣技を見極めようと、ガウェインが立ち上がり、「待て待て」とアーサーやケイを初め、数人が名乗りを上げた。師範の裁量により、ケイとベイリンが、ガウェインとベイランが闘うことになった。たちまち新人を罵るヤジが飛び交う。騎士養成場でも上位に入る2人を相手にして、果たしていつまで剣を交わせるか、そんな賭け事さえする奴らもいた。しかし誰も兄弟に賭ける者がいない、剣を構えるベイリンの勇姿を見てはっと思ったアーサーは、
「よし、俺があの兄の方に張ってやる」
と慌てて飛び入りで参加して、賭けた人数分のコインを投げた。賭場は大いに盛り上がり、「わあっ」と歓声が上がる。師範の騎士は頭を抱える。たちまち2組の試合が開始した。

 模擬の木剣で、頭部への打撲が禁止されているとはいえ、当時の試合は生易しいものではない。場合によっては、骨を折る。内臓も破裂する。そのまま不具の生涯を送ることだってある。激高して暴走を始めた場合のために、背後には生徒達が飛び出す準備さえしている恐ろしいものだ。双方剣を構えるなかに、ベイリンがまだ一本の剣を腰に掛けているので、
「なんだありゃ」
「落とした時の用心じゃねえのか」
「用心、用心、立派なことよ」
と馬鹿にする者もあった。

 しかし剣は激しく唸りをあげ、最初の何太刀かを振り合わせれば、兄弟の剣の巧みに誰もが気付き、やがて場内は息を潜めて、その試合に引きずり込まれた。ベイランとガウェインはほぼ互角に剣を交わし合い、しばし息をつかせぬ妙技を繰り広げたが、ベイリンとケイの試合は、ケイが何太刀か切り込みベイリンの剣を打ち付けると、3度目の剣を激しく打ち払ったベイリンが、跳び下がってもう一本の剣を抜き放ったのには驚いた。片手に一本ずつの剣を持って、ベイリンは楽しそうに笑っている。ここに来てから初めての笑顔を見せやった。

 これにはアーサーも驚いた。剣というものは、両手で持って初めて全力を預け、素早く切り返すことが出来るものだ。太刀の数が二倍になったからといって、それをコントロールする人間の精神まで二倍になるものではない。腕力まで二倍になるものではない。よほどのきめ細かい巧みさを持ち、しかも怪力でなければ、見てくれだけで何の役にも立たない技だ。あえて二刀構えて笑うのは、強敵を知らない田舎ものか、それとも・・・・。

 その答えはすぐに出た。ふざけやがってと切り込むケイの剣を、見事にあしらうその巧みは、二本の剣が共に舞い踊るほど美しく、華麗で、まるで音楽でも奏でるかのよう。軽いリズムを付けてケイの剣を吹き飛ばすと、もう一本の剣がケイののど元に突きつけられたのである。
「それまで」
と騎士が判定を下した。軽く剣を振り回して伸びをしてみせる、きざなベイリンの姿が憎たらしい。しかしアーサーはそれどころではなかった。
「おりゃあ。」
と叫んで、人数分のコインをかっさらうと、世紀の大勝負に大勝利を収め、遠くで見ていたベイリンが何事かと思うぐらい、あっちの方で盛り上がっていやがる。これだから品のない奴らは嫌なのだ。ベイリンは心底がっかりしてしまった。それがアーサーの第一印象であったから、彼は後々までそのことを想い出しては、一人で含み笑いをしたものである。

 その頃ガウェインとベイランの試合は、今だ互角に渡り合っていたが、次第にその力の差が明らかになってきた。すなわちガウェインの繰り出す木剣の数が増え、ベイランが次第に後に下がると、ガウェインがとどめとばかりに剣を振り下ろす。その瞬間、剣をいきなりガウェインの顔面に投げ込んだベイランが、同時に体を横に振りその剣を交わすと、激しく蹴り上げてガウェインの剣を手元から吹き飛ばしたのである。おのれ怪しい術を使うやつめ。2人はついに素手で取っ組み合いを始めたが、しかしこれはガウェインこそ望むものだった。すなわち優れた怪力でついにベイランを組み伏せると、その顔面にこぶしを突きつけて、どうだとすごんで見せたのである。ここで師範が勝負有りの裁定を下し、ガウェインの勝利が確定した。もちろん弟の方には賭けていなかったアーサーの勝利も確定したのである。

 その後ピクト人達の話しを持ち出した時、ベイリンとベイランが腹を立ててアーサー達と取っ組み合いになったこと、そして次の剣試合ではアーサーとベイリンが勝負をし、前に二刀流の妙技を見ていたことによって、なんとかアーサーがベイリンを打ち負かしたことなどを経て、この2人の騎士達もまた、アーサー達と次第に親しくなっていったのだった。とうとう彼らは、騎士学校の5人組みを自分達で名乗り始め、時には森に狩猟に出かけたり、盗賊の出るという村で、盗賊狩りにさえ行うようになったのである。今に思えば、アーサーにとって最も幸せな日々であったのかも知れない。そんなある日、アーサーは宿命の出会いを果たすのだが、これはまた次回にしましょう。

運命の出会い

 ブリトン人の血と共に、ローマ貴族の遠い血を引くユーサーは、ギリシア人教育者を迎えての修辞や論理の授業と、騎士を養成するための実技を兼ねた学校を作り、短い時代ではあったが、文芸と武芸の統一が模索された。かといって帝国華やかなりし頃のように、ラテン語とギリシア語を公用語として自国の言葉以外に丁寧に教え込むような教育者おらず、またギリシア語など必要とするものなど誰も居なかった。したがって数学でも歴史でもブリトン人達の言葉で教え、正しいラテン語を使用した授業は、せいぜい詩学のときぐらいのものだった。自由7科と呼ばれるような、正しいカリキュラムが組まれていたかどうか、相当怪しいものである。しかしその詩学の授業で、今日はあのホメーロスの「イーリアス」の出だしを教師が教えてくれたのだった。

 英雄物語の大好きなアーサーは、たちまちこれに引き込まれた。小さい頃聞いたケルトの神話のク・ホリンのことなどすっかり忘れ、自分をアキレウスだと思い込んで、空想に耽っていたが、どうしても続きが気になるので、思い立って教師の所まで出かけることにした。もちろん相手の都合などは知ったことではない、ほとんど飛び出すようにして家を出た。

 教師の邸宅は何故か入り口に兵士達が構えている。無視して入ろうとしたら、さっそく肩を掴まれた。何をしやがると騒いでいると、何事かと出てきた教師が、どうしたのだと訊ねる。実はイーリオスの続きが聞きたいのだと叫ぶので、掴まえた兵士達も思わず笑ってしまった。教師が私の生徒に間違いないと言うので、アーサーはそのまま中に通されたのである。

 部屋に入ると、一人の乙女が腰を下ろしている。アーサーがこれまで見たことの無いような、綺麗な服装を飾って、町の女達とはまったく違う色の白い、ほっそりとした優しい笑顔が、柔らかくうつむいてアーサーに挨拶をした。アーサーは驚いて、ぽかんとして、突っ立っている。自分では気付いていないが、彼も実際は大した男前だったから、窓からの日を受けて輝く金髪の髪から覗く、キョトンと不思議そうな瞳を見付けた彼女も、同じようにどきりとしてちょっと静寂。そこに教師が入り込んできた。
「彼女は、ユーサー王の娘、モルゴース王女ですよ。」
と紹介するが、ついでにモルゴースにアーサーのことも紹介してくれた。しかしユーサー王など知ったことではないアーサーは、ああそうですがぐらいで、へりくだることを知らない。まあいつものことだ。モルゴースは、ちょうど別の講義を受けていたのだが、
「私もホメーロスが聞きたいわ」
と言う。そこでイーリアスの講義を行うことになった。講義というと少し語弊がある。実際はほとんど好奇心任せのアーサーに粗筋を紹介しているようなものだった。アーサーはもう娘さんのことも忘れて、瞳を輝かせて、物語にのめり込んでいる。モルゴースは羨ましくてたまらない。こんな自分の好奇心と情熱に任せて、好きなように生きてみたい。話しを聞いているうちに2人も大分うち解けて、気楽に話しをするようになっていった。やがて教師が、
「ちょっと休憩して、何か飲み物でも用意しましょう。」
と出て行ってしまうと、モルゴースは軽く溜息をついた。
アーサーが、「どうしたのか」と聞く。
「私は毎日、兵士達に護衛されて、堅苦しい毎日を繰り返すのが嫌なの。あなたが羨ましい。私も町の中に出てみたい。自由になって遊び回りたい。」
と訴えるので、
「それなら館を抜け出してこい。僕が案内してやるから。」
と安請け合いしてしまった。
まさか抜け出してくるとは思っていない。
「抜け出すなんて無理だわ。」
「そうかな。遣ってみなくちゃ分からないさ。」
とさも自分なら抜け出しそうな口の聞きようだ。
モルゴースは、
貴方に何が分かるのよと叫びそうになって、
見詰めた時に、やっぱりきょっとんとした瞳で、
まるで悪意も屈託もないので、思わず黙ってしまった。
「もし抜け出せたら、
王城の前の路を真っ直ぐ歩けば、
やがて騎士養成学校がある。
休日でなければ、僕はそこに居るから。」
といって笑っている。モルゴースが頷いた時に教師がカップを持って戻ってきた。こうして2人は運命の出会いを果たし、モルゴースは館に戻ると、抜け出すための算段で頭が一杯になった。私は幸い王宮から出されて、警備も2人の妹に比べればずっと手薄。やって出来ないことはないのかもしれない。そう思うと、ベットに入っても、眠れなかった。そして抜け出したら、あのキョトンとした瞳が、と想い出すと急に一人で赤くなったりしていた。アーサーもまた、イーリアスのこと、そして今日逢った可愛い女性について、頭の中で行ったり来たりして、ベットの中で眼がさえ渡り、どったんばったんと暴れていたのである。

2007/07/22メルマガまで

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