アーサー王の物語り(21)

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フランク王国の影

 507年のことである。折しもユーサーの王宮では、海を隔てたブルターニュの地に領土を持つ大陸のブリトン人たちが、最近勢力拡大著しいフランク王国のクロヴィス1世(在位481-511)から度重なる攻撃を受け、諸王の王であるペンドラゴンに、軍の派遣を要請してきたのである。さっそく王宮では会議が開かれたが、ユーサーの片腕であるウルフィアスと、戦略に優れた能力を発揮するブラシャスが激論を闘わせた。この2人には因縁があった。かつてウルフィアスがブラシャスの名をかたり、ブラシャスの主君であったティンタージェル王ゴーロイスを討ち果たしたからである。今日に至るまで双方にわだかまりを持って接していたから、議論の席などではよくぶつかり合うことがあった。この時も、即時の派兵こそ諸王の権威を保つことだと主張するウルフィアスに対して、ブラシャスが、現在の我々をも凌ぐ勢力であるフランクに、国内も完全に掌握しきれていない我々が立ち向かうのは、荒唐無稽の夢物語だと反論を唱え、ウルフィアスは、
「今兵を差し向けなければ、守ることのない形だけの王として、誰も従わなくなるだろう」と声を荒げる。騎士達の間からも、「その通りだ」と賛成の声が上がる。
「では我々が大陸に渡った後、北方のブリトン人が再び反旗を翻したらどうする。また機会を狙い島を奪おうとする、大陸からのサクソン人や、北部のピクト人たちが立ち上がったら、どう対処するというのだ。」とブラシャスが言い返し、これに対しても騎士達の間から、賛成の声が上がる。

 意見が割れてしばらく膠着が続いたが、ある日のこと、使者の一行が王宮に入った。イタリア半島を治め、またローマを治め、かつての西ローマ帝国の後を継いだかのような東ゴート王国の王、テオドリック1世(在位493-526)からの使者である。書状にはこのようなことが書いてあった。

 「我が国婚姻を持って近隣の王国と結ぶも、最近のフランク国王クロヴィス1世、婚姻を蔑ろにし、各国に攻め上り、これを亡ぼすことはなはだし。ブリタニアの地、かつてローマ帝国の領土であり、我がイタリア半島とは親しい関係にあり。ここに同盟を結び、共にフランク王国に備えることを望む。」

と記されている。詳しく話を聞くと、双方に貢ぎや婚姻のない同盟であり、フランク王国に使者を立て、両国が同盟を結んだことを伝え、牽制とするとのことだが、一つだけ条件が付けられていた。テオドリックは東ローマ皇帝の信任を得た王であるから、形式上は東ゴート王国を主、ブリトン王国を従として、証書を作りたいというものだった。

 これによって再び激論が闘わされたのは言うまでもない。そこにブルターニュから風雲急を告げる知らせが入ってきた。フランク王国の最大の敵として、クロヴィス1世が恐れていた西ゴート王国を、フランク王国の南方に位置する西ゴート王国を、ヴイエ(トゥールーズ付近)の戦いで討ち破り、広大なアキテーヌの大部分を確保したというのだ。西ゴートの王は戦死。部族は遙かイベリア半島へ逃れたという。しかもフランク王国は東ゴート王国に対して使者を送ったそうだ。何を画策するのかは分からない。しかしもし逆にこの2王国が結びつけば、ブルターニュ地方のブリトン人を守りきれないことは、誰の目にも明らかだった。

 ここにユーサーは決断し。東ゴート王国の同盟国となり、あちらを兄とし、こちらを弟とすることで交渉は成立した。これに合わせて、ユーサーは王宮にあった国家財宝の一部さえ、ローマに差し出したのである。ブリトンの諸王の一部はこれに大いに不満だった。軟弱ものとののしるものもあった。彼らは国際情勢や駆け引きなどは好まない、正義とか屈辱とかで動く非国家的で、部族的な王たちが多かったからである。

 これによってブルターニュ地方へのフランク軍の進出は止められた。しかしこれが遠因となって、再び国内に動乱が起こることになるのだから、政治の世界は難しいものだ。

モルガンの夢

 イグレインとゴーロイスの子供達のうち、長女のモルゴースだけは父の面影を覚えていたため、王宮内にあらぬ波乱を持ち込まないためにも、ユーサーの側近のもとで育てられることになった。残りの2人はまだ幼いため、王宮で育てられることになった。王宮では2人がゴーロイスの子供であることを、例え噂にでも口にしたものは、即時に処刑するとの厳しい布令が出され、また2人の娘のそばには、信頼おける下女達が選抜された。3人の娘を王宮から遠ざけるべきだという意見もあったが、イグレインからアーサーを奪ったうえ、3人の娘達を奪うことはユーサーには出来なかった。いずれいつの日か全てが伝わる日が来るかもしれないが、それまでに愛情を注ぎ精一杯育てよう。ユーサーにはこのような夢見心地の甘いところがあって、それが彼の優れた特質でもあり、同時に欠点でもあった。モルゴースもまた、常に監視の目が光っていたとはいえ、時々姉妹達と逢うことが許され、またイグレインのもとに訪れることが許されたのである。

 イグレインとゴーロイスの末の娘モルガン・ル・フェは、幼き頃から人並み外れて感受性の高い子供だった。このような子供には、しばしば精霊が働きかけて、不思議な力を与えることがあった。幼い彼女はよく恐ろしい夢に悩まされて、イグレインの腕の中で突然泣き出すことがあった。それは決まって、薄暗い森に囲まれた湖の中から、不思議なもやもやとした人のような形が、モルガンの名前を呼びながら、こちらに楽しい世界がある、さあおいでと手招きをしている夢だった。モルガンから夢の話を聞かされたイグレインは不安を感じ、ユーサーの王宮に付属するキリスト教会の神父などに聞いてみるのだが、「夢の神などは存在しません」とか、「信仰が優ればやがて消えます」と言うばかりで、どうにも役に立たない。ブリトン人の間では、この時期まだケルト人の僧侶として一時は王をも凌ぐ力を誇った、ドルイド(Druid)の一族の子孫達が活躍していた。ユーサーもまたブリトンの王として、無頓着にキリスト教とドルイド神官達を身の回りに置いていた。そこでイグレインはドルイド神官のもとに向かい、夢の話しをすると、
「精霊が子供の魂を呼んでいるのだ。しかし善良な精霊か、悪霊か、魂を奪うつもりか、霊力を与えてくれるのか、それは誰にも調べようがない。いずれ、その呼びかけに答えないようにしたほうがよい。」
と説明した。やっぱり頼りになるのは、民族の神官だ。夫はキリスト教を推進しているが、私にはどうもしっくり来ない。だいたい神が貼り付けにされるなんて、それじゃあ頼りないわ。そんな想いを新たにしつつ、イグレインはモルガンに、決して呼びかけに応じないように何度も何度も注意した。モルガンは泣きながら頷いたが、夢の呼びかけにも泣き出さないぐらいの年齢になると、いつしか悪夢は見なくなったのである。

 そんなある日。モルガンは、夜中に眠れずに起きだした時、下女達がこっそり内緒話をしているのを立ち聞きした。彼女たちは、もしばれたら、即首を刎ねられる恐れすらある話しを、密かにしていたのである。すなわち3人の娘達がユーサーの子供ではなく、ゴーロイスと呼ばれる、かつてユーサーの討ち滅ぼした騎士の子供であることを。

 それまで、母が時々ユーサーにうち解けない感情を向けているのを、直感的に知っていたモルガンは気になって仕方がなかった。姉のエレインに相談した時は、大笑いされて有耶無耶になってしまった。母に直接聞いた時には、母は怖い顔をして、そんな馬鹿なことを言うのは、二度と許しませんと叱りつけた。自分自身も、どうしてもユーサーを父と慕うことが素直に出来なかった。どうしてもわだかまりがあった。それがこの話しを聞いて解けたのである。しかし真実を知ったからと言って、彼女に何が出来るだろう。彼女はエレインにも話せず、ただ独りで本当の父親のことについて、父を殺したユーサーについて、あれこれと悩んでいた。

 そんなある日の夜。モルガンは久しぶりにあの夢を見た。もやが現れると、懐かしい声が響き、こちらに向かって手招きをしている。彼女は恐れて逃げようとしたが、彼方の方から、
「父に会いたくはないか。父に会いたくはないか。」
と何度も呼びかけてくるではないか。彼女は硬直した。あるいは、呼んでいるのは、父ではないだろうか。本当の父さんが私に会いたくて、昔から呼びかけているのかも知れない。そんな思いが胸一杯に広がって、どうしても逃れられなくなったのである。そして、ついに彼女は湖に足を踏み込んでしまった。突然恐ろしい腕が湖から沸き上がり、彼女の足を掴んだ。「きゃあ」と叫んだ時にはもう遅かった。すさまじい力で彼女は水の中に引き込まれてしまったのである。

 気が付くと、不思議の国の一室に彼女は横たわっていた。そこで彼女は夢の女王マブに出会った。マブは、戦いの女神メイヴが、人の夢の中に投影された姿である。モルガンは、マブからゴーロイスが亡くなった時の全てを幻影に透写され、すべてを知った。マブは、復讐を誓うなら、お前にすばらしい力を与えると誓った。モルガンはそれに応じ、それ以来夢の中でマブから様々な妖術を学んでいったのである。

 目が覚めると、モルガンは夢の中での出来事をすべて忘れてしまっていた。それどころか女中から聞いたうわさ話まで忘れてしまっていた。マブが全ての記憶を封印したからである。まるで夢の中の世界と、現実の世界には何の繋がりもないように、彼女は相変わらずユーサーの子供として、幼き日々を過ごしていくのだった。この封印は、アーサーの顔を見た時に、解き放たれることになるだろう。

2007/07/07メルマガまで

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