アーサー王の物語り(18)

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18.空駆けるマーリン

「僕の手のひらの上で、空を飛べるなんて、君は幸せだ。」
 驚く瞳をぱちくりさせて、
握りしめた手先の向こうには、
すでにジョルダンの姿はなく、
悪戯好きそうな少年が楽しそうに笑っている。
やんちゃそうな眼がキラキラと輝いた。
これもまたマーリンの仮の姿なのだろうか。
しかし笑顔の向こうを見てみたまえ、
速力を増して近付いてくるのは、
骨をも砕く堅き城壁ではないか。
「危ない!」
ついユーサーが叫び声を上げた瞬間、
2人はまるで滝をくぐる魚のように城壁を抜け、
はるか海原(うなはら)を見下ろす大気に放り出された。
空には霧を追い払った月灯りが、
大地を影のように照らし、
眠る草木の青々しい香りは、
新鮮な風と溶け合って、
2人を軽やかに押し流す。
ユーサーは声も出せずに、
はち切れそうな鼓動を落ち着かせ、
ようやく震えながら大地を見下ろした。
国を治める国王とて、
常識を遙かに越えた経験には為(な)す術(すべ)もなく、
高ぶる筋肉は全身を震わせ、冷たい汗が沸き上がった。
ユーサーはようやく呼吸を整えながら、
夜風を感じるゆとりを取り戻し、
青白く映し出されたこの国を見下ろしたのである。

 海と陸の境界線にせり出して、
ティンタージェル城は静かに眠っている。
もう狩の小屋ほどの大きさだ。
海に注ぐ月は煌々(こうこう)と大地をも照らし、
不思議な妖精の世界のように眠りの島を浮かび上がらせる。
そのあまりの雄大さに驚き、
遙かなる天を見上げれば、
眩しくそびえる黄金(こがね)の向こうには、
小さな星たちが消されまいとまたたき、
また、ゆらめきながら遊ぶのだった。
心地よい上空の季節風が、
2人の横を海に向かって抜けていく。

 ユーサーの心は急にわくわくしてきた。
我々の住む世界は、
これほど雄大で神秘的なものであったのか。
ユーサーは自分たちの必死の争いが、
自然界の豊かな営みの中では、
塵芥(ちりあくた)に過ぎないことを知り、
大自然の代表がマーリンなのかもしれないと思った。

 マーリンはただ一言、
手を離しては駄目だと言って、
子供の姿で夜鳥(よるどり)と戯れている。
その黒き姿を追い掛けて、
鳴き声を真似て話しをしたり、
急に3,4羽の群れに加わって、
共に旋回を試みたりした。
しかしそのうち暇になったのだろうか、
とうとうユーサーを道連れにして、
空中で激しく宙返りをしたり、
急に雲に潜ってその中を泳いでみたり、
突然大地に向かって急降下を始めては、
ツバメのごとくに雲の世界に戻ってくる。
いわばやりたい放題、遊びたい放題、
とうとうユーサーを大地に投げ捨て、
地表近くで拾ってくるような荒技まで、
始めてしまったのである。

 しかし今ではユーサーも叫びながら、
楽しそうに笑っていた。
すっかり安心してしまったのだ。
この無邪気な魔法使いと、
今は幸せにただ夜空で戯れていたい。
彼は愉快な悲鳴を上げ、
鳥のように笑い遊んだのである。
こんなに空っぽの愉快は、
子供の時以来だ。
愛する女を抱いて、
鳥のように遊ぶ、
無邪気に戯れて、
イグレインと口づけを交わし・・・。
あるいは短い彼の生涯において、
この夜は神の贈り物だったのだろうか、
今となっては知るよしもない。

言葉について

塵芥(ちりあくた・じんかい)
・ちりとあくた。ごみ。(スーパー大辞林)


芥(あくた)
・ごみ。ちり。転じて、つまらないもの。(スーパー大辞林)

2007/05/28掲載
2007/07/04改訂

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