白く柔らかき女と、
黒くたくましき男が、
果てたる裸体を投げだし、
触れる肌の香りにまどろむ頃、
霧に怯えた森にもいつしか夜鳴き鳥の声が戻り、
荒波も静まって、寝息のように打ち寄せる。
若き2人の激しい情熱も、
大地を揺るがす激しい戦闘も、
岸壁の潮の荒ぶる怒りも瞳を閉じ、
穏やかな眠りに眠りに付く付いたのだろう。
ゴーロイスの呪いの憤怨(ふんえん)さえも、
黄泉の国の忘れ水を飲んで、
洗い流されたように、
全てが静寂に包まれていた。
不意に「王よ」と呼びかける声が、
心の中に直接語りかけるようで、
ユーサーははっとして瞳を開いた。
そばで眠るイグレインは、
幸せそうに寝息を立てている。
彼女の静かな髪を優しく撫でながら、
ユーサーはぼんやりと寝室を眺めていた。
するとどうだろう、
小さな化粧鏡が月のように光を発し、
これはと思った途端に、
マーリンの変じたるジョルダンの姿を浮かび上がらせたのである。
彼は感情のない機械的な顔で突っ立っている。
ユーサーはようやく、
自分が敵王の寝室を踏み荒らしたことを思い出した。
目の前のイグレインが急に遠くに感じられる。
しかし溜息をついている暇はない、
鏡の影法師は黙って指を扉の外に向けているのだ。
やれやれと思ったユーサーは軽装を整え、
静かに扉を開ける。
イグレインは気が付かない。
振り返るともう一度抱き締めたくなるほど愛(いと)おしい。
しかしユーサーは、
扉を閉ざすと同時に、甘い気持ちを打ち切った。
「マーリンよ。まさか鏡から覗いていたのではあるまいな。」
「人の抱き合う姿など見たくない。もう現実に帰る時間だ。
ゴーロイスは討ち果たしたが、反旗を翻す敵王たちの連合が、
もう間近に迫っている。諸王の王として果たすべきことを果たせ。」
言うが早いかジョルダンが、
ユーサーの顔に手をかざすとあら不思議、
無骨者のゴーロイスの姿は消え、
顔も衣装も勇ましき剣も、
本来のペンドラゴンに戻っていた。
急に心まで国王に戻り、
このまま城を奪い取って、
占領してやりたいほどの、
たくましい勇気が沸いて来る。
しかし今は一刻も早く、
自陣に戻り反乱に備えなければならない。
はて、姿が戻ってしまった今となっては、
どうやって敵の城を抜け出すのだろうか。
ユーサーはマーリンの浅はかさに気が付き、
それを咎めようとした瞬間だった。
「時間がない。ここから出発だ。」
とジョルダンは手を差し伸べて、
ユーサーの手を握りしめたのである。
いやいや、待て、待て、
そんなことをしてはいけない。
男同士で手を握り合うなんて、
そんないかがわしい恋の物語など、まっぴら御免だ。
ユーサーは驚いて、手を振りほどこうとしたが間に合わなかった。
ぐいと引かれた力に足が繋がらず、
体を崩して前のめりになったのである。
あっと思ったその瞬間だった。
どうも驚く、
ユーサーの体は石造りの床を離れ、
マーリンに合わせて空中に浮かび上がり、
天上すれすれの高さまで軽やかに舞い昇ったのである。
さすがのユーサーも度肝を抜かれ、
ベットに誘われるウブな生娘のように硬直してしまったのだ。
憤怨(ふんえん)[−する]
いかり、うらむこと。立腹すること。(スーパー大辞林)
2007/05/23掲載
2007/07/02改訂