アーサー王の物語り(17)

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17.ティンタージェルより逃れるのこと

 白く柔らかき女と、
黒くたくましき男が、
果てたる裸体を投げだし、
触れる肌の香りにまどろむ頃、
霧に怯えた森にもいつしか夜鳴き鳥の声が戻り、
荒波も静まって、寝息のように打ち寄せる。
若き2人の激しい情熱も、
大地を揺るがす激しい戦闘も、
岸壁の潮の荒ぶる怒りも瞳を閉じ、
穏やかな眠りに眠りに付く付いたのだろう。
ゴーロイスの呪いの憤怨(ふんえん)さえも、
黄泉の国の忘れ水を飲んで、
洗い流されたように、
全てが静寂に包まれていた。

 不意に「王よ」と呼びかける声が、
心の中に直接語りかけるようで、
ユーサーははっとして瞳を開いた。
そばで眠るイグレインは、
幸せそうに寝息を立てている。
彼女の静かな髪を優しく撫でながら、
ユーサーはぼんやりと寝室を眺めていた。

 するとどうだろう、
小さな化粧鏡が月のように光を発し、
これはと思った途端に、
マーリンの変じたるジョルダンの姿を浮かび上がらせたのである。
彼は感情のない機械的な顔で突っ立っている。
ユーサーはようやく、
自分が敵王の寝室を踏み荒らしたことを思い出した。
目の前のイグレインが急に遠くに感じられる。
しかし溜息をついている暇はない、
鏡の影法師は黙って指を扉の外に向けているのだ。
やれやれと思ったユーサーは軽装を整え、
静かに扉を開ける。
イグレインは気が付かない。
振り返るともう一度抱き締めたくなるほど愛(いと)おしい。
しかしユーサーは、
扉を閉ざすと同時に、甘い気持ちを打ち切った。

「マーリンよ。まさか鏡から覗いていたのではあるまいな。」
「人の抱き合う姿など見たくない。もう現実に帰る時間だ。
ゴーロイスは討ち果たしたが、反旗を翻す敵王たちの連合が、
もう間近に迫っている。諸王の王として果たすべきことを果たせ。」

 言うが早いかジョルダンが、
ユーサーの顔に手をかざすとあら不思議、
無骨者のゴーロイスの姿は消え、
顔も衣装も勇ましき剣も、
本来のペンドラゴンに戻っていた。
急に心まで国王に戻り、
このまま城を奪い取って、
占領してやりたいほどの、
たくましい勇気が沸いて来る。
しかし今は一刻も早く、
自陣に戻り反乱に備えなければならない。
はて、姿が戻ってしまった今となっては、
どうやって敵の城を抜け出すのだろうか。
ユーサーはマーリンの浅はかさに気が付き、
それを咎めようとした瞬間だった。
「時間がない。ここから出発だ。」
とジョルダンは手を差し伸べて、
ユーサーの手を握りしめたのである。
いやいや、待て、待て、
そんなことをしてはいけない。
男同士で手を握り合うなんて、
そんないかがわしい恋の物語など、まっぴら御免だ。
ユーサーは驚いて、手を振りほどこうとしたが間に合わなかった。
ぐいと引かれた力に足が繋がらず、
体を崩して前のめりになったのである。
あっと思ったその瞬間だった。
どうも驚く、
ユーサーの体は石造りの床を離れ、
マーリンに合わせて空中に浮かび上がり、
天上すれすれの高さまで軽やかに舞い昇ったのである。
さすがのユーサーも度肝を抜かれ、
ベットに誘われるウブな生娘のように硬直してしまったのだ。

言葉の説明

憤怨(ふんえん)[−する]
いかり、うらむこと。立腹すること。(スーパー大辞林)

2007/05/23掲載
2007/07/02改訂

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