アーサー王の物語り(15)

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15.ゴーロイスの最後

「退却だ。ティラビル城まで敵陣を切り抜けよ。」
 一刹那を見逃さず、ゴーロイスは馬を返し、
両軍激しく入り乱れる兵をなぎ倒しては駆け抜ける。
そのすさまじきこと、すさまじきこと。
配下の部将を従え、
甲冑の戦車のごとく進軍するその部隊は、
まるで両軍とは縁故のない独立した狼たちが、
獲物だけを目差して駆け抜けるようであった。
慌てたユーサーの勇将たちが手綱を引き、
乱戦の兵たちも狼の群れに襲いかかったが、
先頭を走るゴーロイスの剣に食いちぎられるか、
後に続く部将どもに槍で突かれ、
剣で切り裂かれ、
誰も進軍を止めることが出来なかったのである。

 こうして退却を偽ったウルフィアスの作戦は、
見事に敵軍の壊滅となったものの、
肝心のティンタージェル王と武将どもを取り逃がし、
ユーサー軍は残党を狩りながら、
慌ててティラビル城に進攻を開始した。
城門を塞がれては、
ゴーロイスの首を落とすことも叶わぬ望みである。

 霧はティンタージェル公の味方をした。
この付近の地理には、遙かに詳しいゴーロイスが、
ユーサー軍を振り切ってティラビル城に帰還したからである。
城門に立ったゴーロイスは、激しい声で開門を叫んだ。
これで何とか体勢を立て直せるはずだ、
危うく今日が命日になるところであった。
さすがの猛将もほっと安堵の溜息を付き、
やや落ち着いてもう一度、
「王の帰還だ、開門、開門!」と叫んだ。
しかし城門に立つべき兵の姿は見えず、
開門の声に答えるものはない。
「どうしたというのだ。敵だ、敵に出し抜かれた。
早く、扉を開けるのだ。」
と叫べば、ようやく城門の見張り台に立ったのは、
城に残ったブラシャスではないか。
かがり火に照らされて、
いくさを知らぬような涼しい顔で霧を受けている。
ゴーロイスの腹に、たちまち怒りが込み上げてきた。
偽りの情報に踊らされるとは、
なんたる失態であろうか。
「ブラシャス、見事に敵に出し抜かれた。
お前の情報は間違いだったのだ。
この償いをどう取るつもりだ、はやく門を開けるのだ。」
自ら歓喜して奇襲に出たのも忘れ、
顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
城門の前の炎がそれに驚いて、
ひとしきり赤く燃え上がっては、
霧さえも追い払って見せた。
2人の顔が暗がりにハッキリと浮かんだのである。
大いに驚いて見せたブラシャスは、
「何ということか!」
と目を丸くして、慌てて城内に声を張り上げた。
「開門だ、はやく開門しろ!」
城門はきしみを上げて左右に分かれ、
惨敗の騎士達は転がり込むように、
ティラビルの中に滑り込んだのである。

 もしこの世が善意の神だけの治める楽園であったならば、
これほど果敢に闘いようやく帰還した勇猛の英雄に、
さらなる仕打ちを与えたりはしなかっただろう。
しかし現世(げんせ)は無情の連なりであり、
神々の所業(しょぎょう)も時に凄惨を極めるのが、
現世(うつしよ)の習(なら)いならば、
ゴーロイスよ、
今は甘んじて天命が尽きるのを受けるのみ。
お前の勇猛果敢の姿は、
長く人々に語られることだろう。

 すなわち城門はたちまち閉じられ、
ゴーロイスが怪しと思った時には遅かった。
たちまち四方から弓矢が放たれ、
勇猛果敢で知られる兵士どもも、
苦楽を共にした怪力の騎士達も、
返す剣を遙かに超える矢じりの先に、
肉を貫かれて大地に崩れ落ちる。
恐れた馬が錯乱してはぶつかり合い、
立てかけられた松明が火の粉を散らし、
霧を含んだ大気がゆらゆらと陽炎のように揺れた。
激しい悲鳴や金属のぶつかる音が無ければ、
セピア色の夢の中にいるような不思議な光景だった。
おぞましい幻想と混乱と恐怖が兵達を襲い、
敵の居場所すら分からないまま、
討ち果たされていったのである。
辛うじて城門の上に立つ憎き姿が、
憎きブラシャスの姿だけが、
冷酷に直立して我を見下ろしている。
「何の真似だ!」
ゴーロイスはありったけの声を振り絞り、
弓を払いブラシャスを睨み付けた。
ブラシャスは冷たい瞳をゴーロイスに投げ返す。
「ゴーロイスよ、お前に怨みはないが、世の常だ。
我が王ユーサー・ペンドラゴンに刃向かったことを恥じるがいい。」
そう叫んで右手を振り下ろすと、
避けきれぬほどの弓が再びゴーロイスを目がけ、
勇将の体を鎧ごとぶち抜いた。

 すでに城全体を掌握していたユーサーの兵どもが、
一斉にゴーロイスと残党にとどめを刺そうと襲いかかる。
この時おのれの敗北を知り、
怒り震えるゴーロイスは剣を高く突き上げ、
すさまじい叫び声を上げた。
まるで森林の英雄を欲しいままにした狼が、
ついに人間どもに追いつめられて、
天に向かって張り上げるような、
猛々しくも悲しい叫び声を上げたのである。
声はティラビル城を抜け、深い森を抜け、
いくさに怯える動物たちの心に、
氷のナイフとなって突き刺さり、
狼どもが葬儀のラッパのような声で、
ゴーロイスの声に答えようと、
悲しい響きを霧の中に張り上げた。

手負いの勇者は倒れない。
剣を振り割き、
槍をへし折り、
弓矢を跳ね返し、
まだ一人、もう一人でも道連れにと、
命果てるまで殺戮を止めないゴーロイスの、
もはや一人となって立ちつくす城の中庭に、
次々に打ち倒されるユーサーの兵、
また兵の数は限りを知れず、
恐れた兵たちが誰も近づけなくなった時、
異様の静寂があたりを包み込んだ。
ついに悪魔と化した敵将の恐ろさに、
誰もがその場から逃げ出したいと思ったのである。

 しかしブラシャスは冷静だった。
城門の上から悪魔に定めた遠弓の矢が、
背中を向けたゴーロイスの首筋を、
満身の力を込めて打ち抜いたのである。
仲間の恐怖を打ち払うように、
彼は朗々とした現世(うつしよ)の声を張り上げた。
「王よ、ブラシャスの名誉のために聞くがいい。
私はブラシャスにあらず。
マーリンの術によりブラシャスに変じた、
ユーサーの部将ウルフィアスである。」

 ウルフィアスの最後の言葉が届いたかどうか。
さすがのゴーロイスも満身創痍、
生命の絆さえ矢で射抜かれ、
剣を握りしめたまま動きを止めた。
おそるおそる兵達が近付けば、
すでに事切れていた。

こうして、
ティラビル城攻防戦は幕を閉じたのである。
この夜、ティンタージェル城に向かった残党たちは、
深い霧に方角を失い、
城にたどり着くことなく、
朝まで闇をさ迷った。

2007/05/15掲載
2007/06/24改訂

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