使いが立ち去る間もなく、
ティンタージェル王ゴーロイスは、
ジョルダンを従えて王室の扉をくぐった。
王の胸の内はどのようであったか、
ここでわざわざ記すまでもない。
「イグレインよ、今戻った。」
その溌剌とした陽気な声といったら。
甲冑を付けたままゴーロイスは王座に向かい、
ジョルダンはすぐ近くに控えるので、
慌てた兵どもが護衛を整える。
急の帰還に驚いた妃は、
娘の手を握ったまま王の顔を眺めて、
不審そうに尋ねる。
帰還前に知らせが無いのは珍しい。
「あまりにも突然のお帰り、
何かティラビル城に大事でもあったのでしょうか。」
穏やかに尋ねると、
「あの臆病者のユーサーから、
一騎打ちの申し出があったのだ。
愚かな若造め、ワシに一騎打ちで勝とうとは。
ペンドラゴンの肩書き諸共、
木っ端みじんに打ち砕いてくれるわ。」
ジョルダンが後を継いで、
「諸王の王と交えるに相応しい武具を揃えて頂きたく、
準備を整えに戻ったわけです。」
我が夫とユーサーが剣を交え、
死を賭けて争うことを知ったイグレインは、
にわかに顔が蒼くなった。
「心配は無用だ。
今だかつて我が剣を振るい、
翌日まで命を保った男はいない。」
夫の言うことは本当だ。
この武人の恐ろしき技で、
まだ若きユーサーの細身の体など、
グリフィンに狙われた兎のように、
ずたずたに切り裂かれるに違いない。
さりとて夫が勝たねば、
明日の我が身すら覚束ないのがこの世の習い、
イグレインには一騎打ちを止める言葉すら、
喉に引っかかって出てこなかった。
彼女の震える瞳を案じたゴーロイスが、
不意に穏やかな声で、
「心配するな。
何があってもお前だけは守って見せる。」
と、かつて聞いたこともない優しい言葉を掛けたので、
イグレインは心を打たれ、はっとして夫の顔を見た。
すると乳母に抱かれていたモルガンが、
突然声を張り上げて泣き出した。
乳母からモルガンを抱き抱えたイグレインは、
不思議がって赤子の顔を父親の近くに寄せた。
「どうしたの、モルガン。
いつもはお父様の姿を見て大笑いするのに、
ほらお父様ですよ。久しぶりのお帰りですよ。」
不思議なことにモルガンは、
両手をばたつかせますます泣き叫ぶ。
「おかしな子だわ、
ばあやもう寝かしつけてちょうだい。」
イグレインが乳母に返すので、
「かしこまりました、奥様。」
と挨拶をしたばあやは、
3人娘を寝かせることにした。
上のモルゴースはゴーロイスに挨拶をして出て行った。
2番目のエレーンは笑いながら頭を下げて見せた。
ただモルガンだけが大泣きしながら暴れるので、
ゴーロイスに成りすましたユーサーは、
赤子の霊感の恐ろしさに、
内心少したじろいだ。
急に己の悪行(あくぎょう)が胸を掠めたのである。
しかし、ここまで来たからには、
目の前に、麗しのイグレインが笑っているからには・・・・。
ゴーロイスは胸を打つ波を隠し、
イグレインの瞳を見れば、
彼女はさっそく一騎打ちの話を始めた。
慌てたユーサーがゴーロイスの口調で、
「ワシが負けると思うか。」
と一笑すれば、
イグレインはどちらが負けるのも嫌なのですとは答えられない。
ついには押し黙ってしまった。
「ともかく、今日はティンタージェル城に留まり、
明日の朝ティラビルに戻る。
久しぶりの夜だ、下らない話はよそう。
ワシは疲れた、先に部屋に行っておるから、
お前もすぐに来るように。」
王の急な帰還を知った部将どもが駆け込んできたので、
イグレインは軽く頷いて、
小さな胸騒ぎを覚えながら部屋を後にした。
その頃ティラビル城近くでは、
戦さが最大の山場を向かえていたのである。
2007/05/08掲載
2007/06/11改訂