アーサー王の物語り(12)

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12.ティンタージェル王の帰還

 陸と僅かな岩肌で手をつなぐ島の上に、
ティンタージェル城は聳(そび)えていた。
コーンウォール半島の中程、
ウェールズを望む北側にあり、
岩肌に突き出たような丘に建つ城は、
深い断崖の合間を危なげに行き尽くした細道によって、
辛うじて往来の許される、
難攻不落の要塞だった。
偽(いつわ)りのゴーロイスと偽(にせ)のジョルダンは
すさまじい風を受けながら、
王の帰還を告げ、
王城へ向かう砦の門を開かせた。
もはや闇に包まれかけた暗がりで、
足下で打ち砕くような水しぶきの轟音は恐ろしい。

 ゴーロイスに変じたるユーサーは、
はたしてティラビル城陥落の後、
ここを攻略できるだろうかと肝を冷やした。
ここで我が軍を膠着させつつ、
反旗を翻す諸王が一斉に立ち上がったら、
滅びるのはティンタージェル王ではない、
このペンドラゴンに違いないと考えれば、
隣りで岩肌をひょこひょこ飛ぶように進むマーリンの姿が、
たまらなくありがたい気がする。
しかし、この男はなぜその霊力を貸し与えたのか。
そう思うと不安でもある。
自分はまんまと妖術使いの術中に落ち入ったのではないか。
ここはイグレインの住む城ではなく、
魔物達の住みかではないか。
光まで波風にさらわれ闇が襲う夕暮れには、
勇者の鋼(はがね)の心でさえ妄想に取り憑かれた。
不意に、
心を覗かれてはしないかと、
慌ててマーリンを覗き見たが、
彼は漂うようにふわふわと付いて来るばかり、
憎たらしいぐらい悠々自適(ゆうゆうじてき)のマイペースで、
後ろの方で忽然(こつぜん)と横切った海鳥の足を掴まえて、
ぐるぐる振り回しては天空に放り投げたりしている。
鳥は危うく岩肌にぶつかりそうになり、
鳴きながら逃げていった。
気が付けばついに巨大な門が目の前に表れる。

 門番を見かけたユーサーはたちまち勇気を取り戻し、
「王の帰還である。はやく扉を開けい。」
と叫んだ。
王とジョルダンの姿を確認した門兵達は、
合図を送り、重き城門を開く。
風の音より恐ろしく、
ぎぎいごごうと軋みながら、
2人の帰還を受け入れたのである。


 風のうねりと波の罵声(ばせい)は城内にさえこだまする。
今日は霧も出て、聞き慣れた波の響きさえ恐ろしげで、
イグレインは夫を案じて、王の間を闊歩していた。
ティンタージェルの海も日頃は穏やかで、
泣く子をあやす母親かと思うほど優しい。
しかし今日はどうしたことか、
怒りにまかせ敵を斬り殺す荒武者のように恐ろしい。
ゆれる灯火に近付いて、
赤々と瞳に映し出すと、
不安な心も少し落ち着きを戻した。

 すると瞼(まぶた)の先には別のものが浮かんでくる。
ユーサーの熱き眼差しが、
その情熱の炎が浮かび上がって来るのである。
顔を覗き込んだあの瞳の奥には、
何が広がっているのだろう。
イグレインは、
娘が真っ直ぐに自分を見詰めているのに驚いて、
あら嫌だと顔を赤らめると、
慌てて頭を強く振った。
「ママのお首がこっくん、こっくん。」
ようやく言葉を覚えた長女のモルゴースが、
自分も真似して首を振って見せる。
きゃっきゃ、きゃっきゃと笑っている。
「あら駄目よ、そんなに首を振っちゃ。
せっかく髪に付けたお飾りが落ちてしまうでしょう。」

 母が注意するのが、可笑しくて、
モルゴースはもっと首を振ってみる。
まだ言葉を覚えない次女のエレインが、
ぴぱぴぱと訳も分からず口を動かしながら、
長女の真似をして首を振り始めた。
イグレインが笑っていると、
乳母の手に眠っていた幼きモルガンが突然に泣き出す。
「お乳は十分に与えたのですよ。」
そう言いながらあやしつけて、
乳母が穏やかな眠りに誘い込もうとする。
そこに兵が走り込んできた。
国王帰還の知らせである。


言葉について

忽然(こつぜん)

・(形容動詞タリ)たちまちにおこるさま。にわかなさま。
・(副詞)にわかに。突然。こつねん。(スーパー大辞林)

兀然(こつぜん)

・(形容動詞タリ)山などが高くつき出ているさま。ごつぜん。
・じっとしているさま。動かないさま。

2007/05/04掲載
2007/06/11改訂

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