かつてケルト族の渡りし、大陸より隔てたる島あり。
巨大なローマ帝国、
これをブリタニアと呼び、
偉大なるカエサルの時この島を侵略。
紀元43年クラウディウス帝の時、
ついにその民を征服した。
されど北部の勢力は駆逐できず、
紀元117年ハドリアーヌス帝、
「ハドリアーヌスの長城」を築き、
南をローマ帝国の属領とし、
北部のケルトの民を異民族となし
南部のケルトの民を帝国に服属させた。
やがて南部のケルト人達はブリトン人と呼ばれ、
ローマの影響を受けた文化を持ち始めたのである。
やがてローマに落日の迫る頃、
ゲルマンの諸部族がローマに侵入し、
帝国は大きく右に左に揺れ動いた。
その様子は巨大な像が猛獣達に囲まれるがごとく。
ついにホノリウス帝は410年、
ブリタニアを放棄したのである。
ブリトン人達は自らの守護を迫られたが、
それは民族の自立と国家建設の希望でもあった。
当時島の北部にはピクト人が北東に、
アイルランドから進出したスコット人が北西に勢力を保ち、
また大陸のゲルマンの民達が押し寄せた。
すなわちアングル、サクソン、ジュートなどの部族が、
ブリタニア東部に進出を企てたのである。
この時彼らの蛮行を斥け、
ブリトンに平和をもたらした偉大なる王こそ、
かのアーサー王である。
後にゲルマンの民、
すなわちアングロ・サクソンに飲まれる前の、
束の間のブリトン人の夏を謳歌したのである。
アーサーの父、ユーサー・ペンドラゴンのブリタニアを治めた時。
かつてブリタニアにまで進出したローマの力すでになく、
ブリタニア北方のピクト人、スコット人、
海を渡り領土を求めるゲルマンの民のうち、
アングル人、サクソン人、ジュート人らが東部を侵略し、
ブリトン人の領土を脅かしていた。
部族ごとに王を持ち、争い合っていたブリトン人達も、
今は諸王の王を立て、自らの危機を乗り切る時。
ようやく結束を固め始めた。
こうしてユーサーは諸王の王として「ペンドラゴン」、
すなわち「竜の長」となり諸王の王となったのである。
しかし諸王は今だ各地に勢力を誇り、
相変わらず争いを止めなかった。
5世紀終わり頃のことである。
島南西に伸びるコーンウォールの先に、ティンタージェル城がある。
恐るべき難攻不落の地に城を築いた、ゴーロイスの居城である。
ティンタージェル王ゴーロイスはこの頃にわかに勢力を拡大し、
ユーサーに反旗を翻す敵対勢力の中心となっていた。
ユーサーに怨みがあるわけではない。
配下の武将どもは恐れを知らぬ武士(もののふ)達で、
その軍は天にも敵なしと言われる程だったから、
まあ他の王達に担ぎ出されたのである。
都にもたちまちこの噂は届き、偵察の兵が述べるところ、
兵達を整え剣を磨き、戦に備えて食料を蓄え始めたという。
黙って見過ごすわけにはいかない。
ユーサーは会議を召集し、
使いを送り懐柔の手を打つことにした。
すなわち自ら書状をしたため、
今は戦をすべき時ではない、
ブリトン人が団結すべき時であることを説き、
ついには和平を成し遂げたのである。
すなわち祝宴を執り行うために、
ティンタージェル王と王妃イグレインを、
王都に呼びよせることに成功したのであった。
配下を引き連れ入場するティンタージェルの王を、
高らかにファンファーレが向かえ入れ、
美しい妻イグレーヌの髪には、
豊かな花びらが舞い降りる。
屈強の兵達を従えた行進は、
戦さに向かう軍隊のように殺気だった。
竜の長を守る兵達はこれに驚き、
さてはと剣の鞘に手を掛けたが、
ユーサーは笑ってこれを制すると、
自ら先頭に立ち気さくにも手を上げ、
敵の王を穏やかに迎え入れた。
「遠路はるばる、ご苦労であった。」
と優しく声を掛ければ、
「これは、」
と無骨者のゴーロイスも恐縮して感謝の挨拶を返し、
ティンタージェル王の妃が、
「初めてお目に掛かります。」
と頭を下げる頃には、
ようやく兵達の気もゆるみ、
顔を見合わせ安堵の溜息をついた。
ただちにユーサーは会合を開き、
双方の利益をかんがみ、
譲るところは譲り、
脅すところは脅して、
みごとな和睦を成し遂げたのである。
戦争の危機は遠のき、
人々の緊張は和らぎ、
ユーサーは豊かな宴を催し、
会場には色鮮やかな酒と料理が、
双方の王と臣下を歓迎した。
2007/04/1
2007/06/04改訂