CPE追悼の年1788年の6月に譜面化された最後の3品の傑作のラストを飾るのがこの曲である。恐らくヴィーンや90年のドイツ旅行で演奏された可能性もあるが明確な資料が無いために、聴衆ではなく己の魂を相手にした交響曲だと19世紀から伝説が始まり、これは今日でもぬぐい切れていない。ハ長調の威厳ときらびやかな効果にも関わらず、対位法を駆使した終楽章など、3曲のうちでは(そして彼の交響曲の中で一番)緻密に作曲され、この曲を持って交響曲が高次の芸術的ジャンルにのし上がったのではないかと錯覚さえ覚えるぐらい、他の彼自身の交響曲の中でもずば抜けて手の込んだ作品に仕上がっている。例えば39番の第1楽章は、序奏部分から始まり不意に登場する優しい3拍子のフレーズで、人々にああそう来るのかと思わせ、その直後から、序曲的シンフォニーで聴衆が求める疾走する快活な楽曲が登場するし、最終楽章では早いテンポ内での同一動機の繰り返しと、楽句の滑走と停止のもたらす効果など使用され、いわば当時の演奏会場で求められるようなシンフォニーの最上の作品を作曲したのだとするならば、このハ長調は交響曲にそれ以上の役割を持たせ、本来玄人好みの弦楽4重奏などを仕上げる時の綿密さを持って、しかし同時に外向的で力強いシンフォニーの効果も生かしながら、技巧的に練り上げていった作品で、後にベートーヴェンが交響曲に対した作曲態度と同じものを、ここでは感じるわけだ。
・どこかで初演された可能性があるが、証拠が無いので何とも云えない。
弦5部、フルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニー1対
第1楽章-11:10
第2楽章-8:31
第3楽章-5:14
第4楽章-11:39
2006/07/04
2006/07/30改訂